研究報告要約
調査研究
6-130
中川 純
目的
近年,都市空間や建築外部空間において,人々が立ち止まり,滞留する場所をどのように形成するかが重要な課題となっている.滞留行動は単なる休憩にとどまらず,利用者がその空間に快適さや魅力を見出した結果として生じる行動であり,都市空間における賑わいの創出や地域活性化にも関係する.特に半屋外空間は,従来の屋内と屋外をつなぐ緩衝空間としての役割だけではなく,休憩や交流などの人々の滞留を前提とした空間へとその役割が多様化している.そのため,半屋外空間を計画・設計するうえでは,単に物理的な環境条件を整えるだけではなく,利用者がどのような環境に快適さを感じ,どのような場所を滞留場所として選択するのかを明らかにすることが重要である. 半屋外環境における人間の快適感については,これまで温熱環境を中心として多くの研究が行われてきた.既往研究では,夏季の屋外空間における温熱環境刺激に対する人体の許容度が室内空間より高いことや,半屋外環境では一般的な温熱快適性指標によって予測される範囲よりも広い環境を利用者が許容することが示されている.さらに,同一の温熱環境であっても,樹木の緑などの視覚刺激によって温熱快適感が向上する可能性や,緑や水景などの視覚的な景観要素が主観的な環境評価を改善することが報告されている.このことから,人間が感じる快適性は気温や湿度,放射,風速などの物理環境のみによって決まるのではなく,その場所をどのように見ているかという視覚情報からも影響を受けると考えられる. また,実際の滞留行動についても,樹冠下やその境界で滞留が多くみられることや,接触温冷感や放射温度が滞留者の快適感に影響すること,利用者が利用目的に応じて什器を選択したうえで近傍の温熱環境の好みに基づいて滞留場所を選択していることなどが明らかにされている.水景のような視覚情報が滞留時間や訪問頻度に影響することも報告されており,滞留場所の選択には視覚的な情報と身体で感じる触覚的な情報の双方が関係していると考えられる. 一方で,既往研究では,視覚情報が温熱感や温熱快適感に影響を与えることや,滞留場所の選択に視覚情報と触覚情報の双方が関係することは示されているものの,半屋外環境を実際に体験する前後で視覚情報による評価がどのように変化するのかについては十分に明らかにされていない.また,人が滞留場所を決定するとき,景観,緑,開放感などに関係する視覚的快適感と,暑さ,涼しさ,風,日陰,日射など身体的な感覚に関係する触覚的快適感が,それぞれどの程度判断に寄与しているのかについても十分な知見が得られていない.さらに,これらの寄与関係は常に一定ではなく,夏季と中間期のような季節条件や,数分程度の短時間滞留と比較的長い滞留など,想定する滞留時間によって変化する可能性がある. そこで本研究では,温熱快適域が比較的広い半屋外環境に着目し,半屋外環境における視覚情報の温熱快適感に対する効果を把握するとともに,人が滞留場所を選択する際の視覚情報と触覚情報の寄与の程度と,その寄与を変化させる条件を明らかにすることを目的とする.具体的には,夏季と中間期に被験者実験を行い,写真による視覚情報のみを与えた状態と,実際に空間を歩行して視覚情報と触覚情報の双方を得た状態との滞留意欲を比較する.さらに,5分間,15分間,25分間という異なる滞留時間を想定させ,滞留場所の選択傾向と視覚的快適感・触覚的快適感の寄与度を分析する.これらを通して,半屋外空間における滞留場所選択がどのような感覚情報に基づいて行われているのかを明らかにし,季節や滞留時間に応じた半屋外空間の熱的シークエンス計画・設計に資する基礎的知見を得ることを目指す.
内容
本研究では,半屋外環境の熱的シークエンスにおいて人が滞留場所を選択する際に,視覚的快適感と触覚的快適感がどのように関係しているのかを検討した.研究の中心となるのは,視覚情報のみから形成される場所の印象と,実際にその場所を体験した後の評価との違い,季節による判断要因の違い,滞留時間の長さによる場所選択の変化,そして視覚的快適感と触覚的快適感の寄与関係の4点である. まず,視覚情報のみから形成される印象と実際の空間体験後の印象との関係を検討した.実験前には,4か所の滞留候補地点を魚眼カメラで撮影した写真を提示し,被験者に写真のみを見た状態で各地点への滞留意欲を評価させた.その後,被験者が実際にキャンパス内を歩行し,温熱環境や風環境などを身体で体験した後に,再び同一地点への滞留意欲を評価させた.この比較により,視覚情報だけで判断した場合と,触覚情報を含めて空間を体験した場合との評価の差異を把握した. その結果,夏季では歩行前後で滞留意欲に変化がみられたのに対し,中間期では大きな変化がみられなかった.特に夏季の地点Bでは,歩行前に滞留したいと回答した被験者が7人であったのに対し,歩行後には15人となった.一方,夏季の他の3地点では,歩行前と比較して歩行後に滞留意欲が低下する傾向がみられた.これらの結果は,夏季のように温熱環境の影響が大きい条件では,写真から得られる視覚的な印象と実際に身体で体験した環境との間に差が生じやすいことを示している.中間期ではその差が比較的小さく,画像から形成された印象が実際の環境体験後にも維持されやすかったと考えられる. 次に,滞留時間の長さによって滞留場所の選択傾向がどのように変化するかを検討した.被験者には5分間,15分間,25分間の滞留を想定させ,それぞれの場合に滞留したい場所を選択させた.夏季における1人当たりの平均回答箇所数は,5分間で2.21か所,15分間で1.84か所,25分間で1.68か所であった.中間期についても,5分間で2.18か所,15分間で1.82か所,25分間で1.55か所となった.夏季,中間期の双方において,滞留時間が長くなるにつれて選択される場所の数が減少したことから,長時間滞留する場合ほど,利用者が滞留場所に求める条件が厳しくなる可能性が示唆された. さらに,選択された滞留場所について,歩行時の視覚的快適感と触覚的快適感を分析した.夏季では,選択された場所における視覚的快適感と触覚的快適感の平均値はいずれも正の値を示し,視覚的にも触覚的にも快適な場所が滞留場所として選択される傾向がみられた.一方,中間期では触覚的快適感の平均値が1を下回っており,必ずしも身体的な快適感が高くなくても滞留場所として選択される傾向が確認された. また,視覚的快適感と触覚的快適感の寄与度について分析したところ,夏季では滞留時間が長くなるにつれて触覚的快適感の寄与が相対的に高まった.一方,中間期では視覚的快適感と触覚的快適感の寄与度が比較的安定していた.さらに,自由記述による滞留場所の選択理由について形態素分析および対応分析を行ったところ,視覚的快適感の寄与度が高い場合には,「緑」「木」「景観」「開放」「見える」といった景観や空間の見え方に関係する語が多くみられた.これに対して,触覚的快適感の寄与度が高い場合には,「涼しい」「暑い」「風」「日陰」「日差し」といった温熱環境や風環境に直接関係する語が多く出現した. 以上のように,本研究では,滞留場所選択を単純な視覚情報または温熱環境のどちらか一方によって説明するのではなく,視覚的快適感と触覚的快適感が季節や滞留時間に応じて異なる形で作用する現象として整理した.これにより,半屋外環境における滞留場所選択では,複数の感覚情報が状況に応じて役割を変えながら判断に関与していることを検討した.
方法
本研究では,半屋外環境における視覚情報と触覚情報が滞留場所選択に及ぼす影響を明らかにするため,東京都市大学世田谷キャンパスを対象として被験者実験を実施した.季節による環境条件の違いを比較するため,実験は夏季と中間期の2期間に分けて行った.夏季実験は2025年9月17日,18日,25日,26日の4日間に19人の被験者を対象として実施し,中間期実験は2025年11月4日,7日,10日,11日の4日間に22人の被験者を対象として実施した.実験は,実験前アンケート,キャンパス内の指定ルートにおける歩行実測,実験後アンケートの3段階で構成した.これにより,実際に空間を体験する前の視覚情報に基づく評価と,歩行によって視覚情報と触覚情報の双方を得た後の評価を比較できるようにした. まず,歩行前アンケートでは,歩行経路内に設定した4か所の滞留候補地点について,魚眼カメラで撮影した写真を被験者に提示した.4地点は,空間を立面4面,天面,地面の6面に分解した際に,それぞれ異なる空間構成となるように選定した.写真は歩行実測を開始する前の1時間以内に撮影し,写真撮影時と実際の歩行時で天候や日射条件が大きく異ならないよう配慮した.また,被験者には,提示された場所を実際に訪れた経験の有無にかかわらず,写真から受ける印象のみに基づいて回答するよう指示した.各地点に対する滞留意欲は,-3の「とても滞在したくない」から+3の「とても滞在したい」までの7段階尺度によって評価させた.この評価を実際の空間体験前に実施することで,主として視覚情報から形成される滞留意欲を把握した. 次に,被験者はキャンパス内に設定した指定ルートを実際に歩行し,歩行中に感じた視覚的快適感と触覚的快適感を継続的に申告した.心理量の測定にはスマートフォン上のスライダーバーを使用し,視覚的快適感は7段階で1秒間隔,触覚的快適感は8段階で2秒間隔により記録した.また,被験者が歩行中に体験している物理環境を把握するため,被験者の前後を測定機器とともに歩行し,乾球温度,相対湿度,グローブ温度,風速,照度を1秒間隔で測定した.この方法により,時間的・空間的に変化する半屋外環境の物理量と,被験者がその場で感じる視覚的・触覚的快適感を同時に把握した. 歩行終了後には,歩行前と同じ4地点について滞留意欲を再度7段階で評価させた.歩行前には写真から得られる視覚情報を中心として場所を判断しているのに対し,歩行後には実際の場所を訪れ,気温,日射,風などを身体で体験している.したがって,歩行前後の滞留意欲を比較することで,視覚情報のみから形成された印象が,実際の環境を体験して触覚情報が加わることでどのように変化するかを検討した. さらに,歩行後アンケートでは,滞留時間の違いによる場所選択の変化を把握するため,5分間,15分間,25分間の3条件を設定した.被験者には各滞留時間を想定したうえで,歩行経路内から滞留したい場所を選択させた.また,各滞留場所について選択理由を自由記述で回答させるとともに,その判断に対する視覚的快適感と触覚的快適感の寄与度を7段階尺度で評価させた.寄与度尺度は,触覚的快適感の寄与が大きい場合を負の側,視覚的快適感の寄与が大きい場合を正の側として,「触覚3,触覚2,触覚1,0,視覚1,視覚2,視覚3」の7段階とし,0は両者の寄与が同程度である状態とした. 得られたデータについては,まず夏季と中間期それぞれについて歩行前後の滞留意欲を比較し,視覚情報のみの場合と実際に空間を体験した場合との差を整理した.次に,5分間,15分間,25分間の各条件で選択された滞留場所と1人当たりの平均回答箇所数を比較し,滞留時間の増加に伴う場所選択の変化を検討した.さらに,選択された場所における歩行時の視覚的快適感と触覚的快適感の平均値を算出し,実際に選択された場所がどのような快適感を有していたのかを確認した.加えて,滞留場所選択時に申告された視覚的快適感と触覚的快適感の寄与度を季節および滞留時間別に比較した.自由記述による選択理由については形態素分析および対応分析を行い,回答に現れた語と視覚的・触覚的快適感の寄与度との関係を整理した.これらの分析を組み合わせることで,半屋外環境における滞留場所選択について,場所の選択結果だけでなく,季節,滞留時間,視覚的快適感,触覚的快適感および選択理由の関係から総合的に検討した.
結論・考察
本研究では,半屋外環境の熱的シークエンスにおける視覚情報の温熱快適感に対する効果と,滞留場所選択における視覚情報および触覚情報の寄与について検討した.その結果,滞留場所の選択では,視覚的快適感または触覚的快適感のいずれか一方が常に支配的となるのではなく,季節や滞留時間によって両者の寄与の程度が変化することが明らかとなった. 視覚的印象と温熱感の関係では,視覚的印象が温熱感に影響したと回答した被験者は,夏季では19人中10人,中間期では22人中15人であった.また,視覚環境の寄与が大きいと回答した被験者は夏季の11%に対し,中間期では36%であり,夏季よりも中間期において視覚的印象が温熱感に影響しやすい傾向がみられた.夏季には暑さや日射などの身体的刺激が強くなるため,視覚情報よりも実際の温熱環境や風環境が快適感に強く関係したと考えられる. 歩行前後の滞留意欲については,夏季では評価の変化がみられたのに対し,中間期では大きな変化がみられなかった.特に夏季の地点Bでは,滞留したいと回答した被験者が歩行前の7人から歩行後には15人へ増加した一方,他の3地点では歩行後に滞留意欲が低下する傾向がみられた.このことから,写真による視覚情報のみから形成された印象と,実際に温熱環境や風環境を体験した後の印象は必ずしも一致しないことが示された. また,滞留時間が長くなるにつれて,滞留場所として選択される場所の数が減少した.平均回答箇所数は,夏季では5分間の2.21か所から25分間の1.68か所,中間期では2.18か所から1.55か所へ減少した.このことから,滞留時間が長くなるほど,利用者が場所に求める条件が厳しくなると考えられる. さらに,夏季では滞留時間が長くなるにつれて触覚的快適感の寄与が相対的に高まる傾向が確認された.短時間の滞留では景観や緑,開放感などの視覚的な魅力が場所選択に作用する一方,長時間滞留する場合には,暑さ,風,日陰,日射など身体に継続して作用する環境条件の重要性が高まると考えられる.一方,中間期では視覚的快適感と触覚的快適感の寄与度が比較的安定しており,両者がバランスよく滞留場所選択に寄与することが示唆された. 自由記述の形態素分析および対応分析では,視覚的快適感の寄与度が高い場合には「緑」「木」「景観」「開放」「見える」などの語が,触覚的快適感の寄与度が高い場合には「涼しい」「暑い」「風」「日陰」「日差し」などの語が多くみられた.このことから,被験者が申告した寄与度と,実際に言語化された場所の選択理由との対応関係が確認された. 以上より,半屋外環境における滞留場所選択では,視覚的快適感と触覚的快適感が状況に応じて役割を分担していると考えられる.特に,中間期や短時間の滞留では視覚情報が判断材料として機能しやすい一方,夏季に長時間滞留する場合には,温熱環境や風環境に関係する触覚的快適感の重要性が高まる.したがって,半屋外空間の計画・設計では,景観などの視覚的な魅力と温熱・風環境による身体的な快適性を個別に考えるのではなく,季節や想定される滞留時間に応じて両者を組み合わせることが重要である. なお,本研究は単一の大学キャンパスを対象としており,被験者属性も限定されているため,結果の一般化には慎重な検討が必要である.今後は,異なる都市空間や半屋外空間を対象とするとともに,被験者属性や季節条件を拡充し,視覚的快適感と触覚的快適感の寄与構造をより詳細に検討することが課題である.
英文要約
研究題目
Environmental Design Incorporating Thermal Sequences
申請者(代表研究者)氏名・所属機関及び職名
NAKAGAWA Jun Associate Professor Department of Architecture, Tokyo City University
本文
This study investigates environmental design incorporating thermal sequences, focusing on how visual and tactile information influence thermal comfort and staying place selection in semi-outdoor environments. Field experiments were conducted on a university campus during summer and mid-season periods. Participants evaluated their visual and tactile comfort while walking through the campus and selected preferred staying places for assumed durations of 5, 15, and 25 minutes. Their willingness to stay was also evaluated before and after walking to examine differences between impressions based mainly on visual information and those formed through actual environmental experience. The results showed that the contribution of visual and tactile information varied depending on season and staying duration. In summer, tactile comfort associated with thermal and wind conditions became increasingly important as the assumed staying duration increased. In the mid-season, visual and tactile comfort contributed relatively evenly to staying place selection. These findings suggest that environmental comfort is not determined by a single sensory factor but is formed through the changing relationship between visual and tactile information. Therefore, considering thermal sequences together with visual experience and expected staying duration may contribute to the design of more comfortable and attractive semi-outdoor environments.