研究報告要約
調査研究
7-106
藤田 大輔
目的
近年,保育施設においては発達や行動の面で特別な配慮を必要とする園児の存在が注目され,そのような園児への早期支援の重要性が高まっている.配慮が必要な園児は他者と異なる身体感覚や情報処理能力によって様々な困難を感じていることが報告されており,日常的な集団生活の中で不安や混乱を生じやすいことも指摘されている.このような特性に配慮した支援策は,人的支援を中心としたソフト面と建築や設備等のハ−ド面双方から検討することが重要である.保育分野では,ペアレンタルトレーニングやABC 分析など,人的支援を中心としたソフト面からの支援に関する研究が進められ,その有効性が報告されている.建築分野でも,自閉症児を対象とした研究では,視覚的手がかり等により環境を構造化することで行動の安定化や活動の円滑な移行が促されることが示されており,人的支援に加えて空間構成等の物理的環境が園児の行動や心理状態に影響を与えることを示している.しかし,これらは主に療育を対象としたものであり,保育施設における日常的な集団生活空間を対象に,空間構成と行動の関係性を実証的に検討した研究は限られている.特に建築分野における保育環境の研究は定型発達児を対象としたものが多く,特別な配慮を必要とする園児に着目した事例は蓄積されていない.今後は保育施設におけるこれらの園児の行動特性を踏まえた上で,配慮が必要な園児にとってより良い保育空間を創出していくことが求められる.そこで,本研究では,配慮の必要な園児を対象に行動観察調査を実施し,保育施設の設計時に配慮すべき点などについての知見を得ることを目的とする.
内容
本研究は、発達がゆっくりである、刺激に敏感である、多動傾向があるなど、特別な配慮を必要とする園児を対象として、保育施設における遊び活動の実態を把握し、その特徴に応じた環境改善を行うことで、空間構成が園児の行動や遊び方にどのような影響を及ぼすかを明らかにすることを目的としている。近年、インクルーシブ保育の重要性が高まる中で、人的支援だけでなく、建築・空間などの物理的環境による支援のあり方が求められている。しかし、特別な配慮が必要な園児が実際にどのような場所で遊び、どのような環境で過ごしているかについては、具体的な行動実態に基づく知見が十分に蓄積されていない。そこで本研究では、園児の行動観察を通して遊び活動を詳細に分析し、その結果を踏まえて保育室環境の改善を実施した。
対象施設は、平面構成や保育運営形態が異なる2園とした。一方は3~5歳児の保育室が一室空間として配置された「空間連続型」であり、異年齢児が共に活動を行う運営形態を採用している。他方は年齢別に保育室が独立した「保育室完結型」の施設であり、年齢ごとに異なるスケジュールで活動を行っている。こうした異なる空間構成・保育形態を対象とすることで、特定条件のみに依存しない知見の獲得を目指した。
行動観察の結果、対象児には共通して、移行行動や活動の切り替え時に不安定な行動が発生しやすい特徴が見られた。また、滞在人数の多い場所では攻撃的行動や落ち着きのなさが見られる一方で、壁際や隅など囲われ感のある場所では継続的に遊ぶ様子が確認された。さらに、絵本コーナーや積み木コーナーなど、比較的静かな場所に長時間滞在する対象児も見られたほか、床に寝転ぶ、ソファに横になるといった行動も複数確認された。こうした結果から、対象児にとっては「刺激を回避できる場所」や「安心してこもることのできる場所」が重要であることが示唆された。
これらの分析結果を踏まえ、本研究では、1)こもれるボックスの設置、2)吸音材やパーティションの設置、3)家具配置の変更、という3つの環境改善を実施した。こもれるボックスは、刺激を避けながら安心して過ごせる空間を意図して設置したものであり、積み木や絵本など床面で遊ぶコーナーの隅や壁際に配置した。また、感覚過敏への対応として吸音材やパーティションを導入し、音刺激を低減した環境づくりを行った。さらに、家具配置を変更することで、囲われ感のある滞在場所を形成し、遊びの展開を促すことを試みた。
本研究は、園児一人ひとりの遊び方や空間利用の特徴を行動観察によって丁寧に把握し、それに基づいた環境改善を実践的に行った点に特徴がある。特に、保育施設における環境改善を単なる物理的改修として捉えるのではなく、「園児の遊び行動との関係性」から検討した点に意義があると考える。
方法
本研究では、特別な配慮が必要な園児の遊び活動の特徴を把握し、環境改善による変化を検証するために、行動観察調査を中心とした研究を行った。研究は、1)環境改善前の行動観察調査、2)分析結果に基づく環境改善の実施、3)改善後の再調査と比較分析、という流れで進めた。
まず、対象児の遊び活動の実態を把握するため、行動観察調査を実施した。調査では、調査員1名が対象児1名を追跡し、1分ごとに滞在場所、行動内容、他者との関わり度合などを記録した。行動記録にあたっては、事前に調査員間で記録方法を統一し、予備調査を行うことで観察精度を高めた。また、保育室内の複数箇所にビデオカメラおよびボイスレコーダーを設置し、対象児の行動や発話を映像・音声として記録した。
対象施設は、平面構成や保育形態の異なる2園とした。一方は、3~5歳児の保育室が連続する空間連続型の施設であり、異年齢児が同一空間で活動する特徴を持つ。他方は、保育室が年齢ごとに分かれた保育室完結型の施設であり、活動も年齢別に実施されている。対象児については、各園に協力を依頼し、発達がゆっくりである、刺激に敏感である、多動傾向があるなど、配慮が必要と考えられる園児を選定してもらった。なお、本研究では人的支援の介入度については扱わず、空間と行動との関係性に焦点を当てて分析を行った。
観察された行動は、遊び行動と非遊び行動に分類した。遊び行動は構築遊び、模倣遊び、機能的遊びなど10種類に分類し、非遊び行動についても目的不明瞭行動、移行行動、攻撃行動など10種類に分類した。また、他者との関わり方については、「孤立」「並行」「集団」といった他者との関わりを記録した。これらの発生回数を集計し、対象児の総活動時間に対する割合を算出することで、行動傾向を量的に分析した。
さらに、対象児の滞在場所を平面図上に1分ごとにプロットし、どの場所でどのような行動が生じているのかを分析した。これにより、壁際や隅などの場所に長時間滞在する傾向や、滞在人数の多い場所で攻撃的行動が発生しやすい傾向などを把握した。
その後、分析結果をもとに環境改善策を検討し、実際に保育室へ導入した。改善策としては、1)こもれるボックスの設置、2)吸音材やパーティションの設置、3)家具配置の変更、の3点を中心に行った。こもれるボックスは、刺激から距離を置きながら安心して滞在できる場所として制作し、園児が長時間滞在していた隅や壁際に設置した。吸音材やパーティションは、音刺激を低減することを目的として、制作コーナーや音楽コーナーに導入した。また、家具配置を変更することで、囲われ感のある滞在場所を形成した。
環境改善後には、再度同様の行動観察調査を実施し、改善前後における行動発生割合や滞在場所、遊び方の変化を比較分析した。これにより、空間改善が対象児の行動や遊び方にどのような影響を与えたのかを検証した。
結論・考察
本研究では、特別な配慮が必要な園児を対象として行動観察調査を実施し、その結果をもとに保育室環境の改善を行うことで、空間構成が遊び活動に与える影響について検証した。その結果、対象児の行動には、空間環境との関係性が強く見られることが明らかとなった。
まず、環境改善前の調査では、滞在人数の多い空間や活動の切り替え時に、攻撃行動やストレス回避行動が発生しやすい傾向が確認された。特に、多動傾向の園児では、集団人数が多い場面で攻撃的行動が見られたほか、発達がゆっくりな園児や刺激に敏感な園児では、活動の切り替え時に床へ寝転ぶ行動などが確認された。一方で、壁際や隅など囲われ感のある場所では、比較的長時間継続して遊ぶ様子が観察されており、対象児にとって「刺激を調整できる場所」が重要であることが示唆された。
環境改善後には、こもれるボックスが一定の効果を持つことが確認された。特に、積み木や絵本など床面で展開される遊びとの相性が良く、一人で落ち着いて遊ぶ場所として利用されていた。また、一部の対象児は「ここで寝る」と発言しており、単なる遊び場ではなく、安心できる居場所として認識されていたことが分かる。これは、保育施設における「逃げ場」や「クールダウンスペース」の重要性を示す結果であると考える。
一方で、吸音材やパーティションについては、期待したほど自発的な利用は見られなかった。ただし、一部の園児は吸音材に触れる行動を示しており、視覚・聴覚だけでなく触覚的な要素も空間利用に影響を与えている可能性が考えられる。今後は、単に音環境を改善するだけでなく、素材感や感触を含めた環境デザインを検討する必要がある。
家具配置の変更については、遊びの展開に変化が生じる様子が確認された。例えば、制作コーナーで作成した作品を運動遊びへ展開するなど、コーナー同士の関係性が変化することで、新たな遊び方が生まれていた。一方で、配置変更によって滞在時間が減少するケースも確認されており、環境改善は必ずしも一方向に効果をもたらすわけではないことも明らかとなった。つまり、対象児にとって居心地の良い場所は個別性が高く、一律の改善ではなく、園児ごとの特徴に応じた柔軟な環境調整が求められる。
また、本研究では、空間連続型と保育室完結型の施設を比較したことで、平面構成と行動の関係についても一定の知見を得ることができた。特に、保育室完結型施設では活動移行時に問題行動が発生しやすい傾向が見られ、移動先を含めた見通しの確保が重要であることが示唆された。
一方で、本研究にはいくつかの課題も残されている。行動観察調査は改善前後で各1回のみであり、行動傾向を十分に一般化できる段階には至っていない。また、定型発達児との比較を行っていないため、本研究で確認された特徴がどの程度固有のものであるかについても慎重な解釈が必要である。さらに、今回は人的支援の介入度を分析対象としていないため、環境改善の効果が物理的環境によるものか、保育者の関わりによるものかを切り分けることができていない。今後は、複数回調査によるデータ蓄積と比較研究を進めるとともに、人的支援と空間環境の相互作用についても検討する必要がある。
英文要約
研究題目
Research on Play and Interactions with Others among Children with Developmental Disabilities in Childcare Facilities Using an Action Research Approach
申請者(代表研究者)氏名・所属機関及び職名
Fujita Daisuke Department of Architecture and Civil Engineering, Toyohashi University of Technology,Professor
本文
This study aimed to clarify the characteristics of play activities among children requiring special support in childcare facilities, including children with developmental delays, sensory sensitivities, and hyperactive tendencies, and to examine how environmental improvements affect their behavior and play. The study targeted two childcare facilities with different spatial configurations: one with a continuous open-plan layout and another with separate classrooms for each age group. Behavioral observation surveys were conducted to record the children’s locations, play activities, and interactions with others at one-minute intervals, and the relationship between behavior and the spatial environment was analyzed. The results showed that unstable behaviors were likely to occur during transitions between activities and in crowded spaces, whereas children tended to continue playing in enclosed areas such as corners and spaces along walls. Based on these findings, environmental improvements were implemented, including the installation of retreat boxes, sound-absorbing materials and partitions, and changes in furniture layout. As a result, the retreat boxes were used as secure and comfortable places where children could remain calm, and changes in furniture layout also influenced patterns of play. These findings suggest the importance of designing childcare environments that provide children requiring special support with spaces where they can regulate sensory stimulation and feel secure.