研究報告要約
在外研修
7-301
屋敷 美玖
目的
私は大学学部時代より、アートやデザインが人々の暮らしや地域の価値形成にどのように関わることができるのかという問題意識のもと、プランニング、アートマネジメント、ミュゼオロジーを理論と実践の両面から学んできた。文化芸術を単なる鑑賞や研究の対象としてではなく、人々をつなぎ、地域の記憶や文化を育む公共的な資源として捉え、その価値をいかに共有し未来へ継承していくかという問いは、私の研究活動を通底するテーマである。
そうした関心は次第に、文化を支える「場」そのものへと向かうようになった。建築を学び、美術館や文化施設の調査を重ねる中で、建築や都市空間が単なる器ではなく、人々の活動や地域の記憶を支える重要な基盤であることに気付いたためである。なかでも、歴史的建造物が現代の暮らしの中でどのように受け継がれ、新たな価値を獲得しながら活用され得るのかという課題に強い関心を抱くようになった。 日本では近年、歴史的建造物の保存に対する意識が高まる一方で、維持管理や活用の担い手不足、保存と活用の両立といった課題が顕在化している。一方、イタリアでは歴史的建造物が都市の日常の中に溶け込み、市民生活や地域活動の場として自然に利用されている。その姿に強く惹かれた私は、歴史的建造物がどのように新たな価値を獲得しながら継承されているのかを学ぶため、本研修を行った。
特に、イタリア環境基金FAI(Fondo Ambiente Italiano)の活動は大きな関心の対象であった。FAIは歴史的建造物を保存するだけでなく、人々が学び、体験し、集う場として再生している。そこでは文化財保護と教育、観光、地域の活動が有機的に結びついており、「使うことで守る」という理念が実践されている。
さらに、私が滞在している世界遺産都市マントヴァでは、中世からルネサンス期に形成された歴史的建造物が現在も公共施設や文化施設として利用され、人々の日常の一部として生き続けている。歴史的な建築や都市空間が過去の遺産として保存されるだけでなく、地域の記憶やアイデンティティを支える文化資源として機能している姿は、本研究を進める上で大きな示唆を与えた。
本研修では、FAIの活動やイタリア各地の歴史的建造物の活用事例を通じて、歴史的建造物への現代的介入の方法を明らかにするとともに、日本における文化財活用への示唆を得ることを目的とした。
内容
研修期間中は、ミラノ工科大学大学院に在籍しながら、建築・芸術・歴史を横断する研究活動を行うとともに、イタリア各地の歴史的建造物の保存・活用事例について調査を行った。
拠点としたマントヴァは、ルネサンス都市として世界遺産に登録されている歴史都市である。中世から続く広場や宮殿、教会が現在も市民生活の中で利用されており、歴史的環境と現代社会が共存する貴重な事例である。日々の生活を通して、文化財が単なる保存対象ではなく、人々のアイデンティティや地域の創造性を支える文化資源として機能していることを実感した。
研究活動では、FAIが管理する歴史的建造物や庭園を訪問し、その保存理念や運営体制、市民参加の仕組みについて調査した。また、シエナの旧精神病院施設San Niccolòを対象とした設計研究では、歴史的建造物に新たな用途を導入する際の空間的・社会的な介入方法について検討した。
さらに、マントヴァの歴史的公共建築であるPalazzo del Podestàを対象に、文化財保護制度、都市計画、経済的持続可能性を含めた活用研究を行った。建築の保存だけでなく、どのような制度や運営体制が文化財の継承を支えているのかを分析することで、歴史的建造物の保存と活用を両立させるための条件について考察した。
方法
本研修では、現地調査、文献調査、設計研究の三つを軸として研究を進めた。
第一に、イタリア環境基金FAI(Fondo Ambiente Italiano)が管理する文化遺産施設や、イタリア各地の歴史的建造物を対象とした現地調査を実施した。施設見学や文献調査に加え、保存修復の方針、運営体制、教育プログラム、市民参加の仕組みなどにも着目し、文化財がどのように現代の暮らしの中で活用されているのかを観察した。特にFAIの活動では、建築物そのものだけではなく、それを支える人々や地域との関係性に注目しながら調査を行った。
第二に、ミラノ工科大学大学院における設計スタジオや研究活動を通して、歴史的建造物への介入方法について実践的な検討を行った。シエナの旧精神病院施設San Niccolòを対象としたプロジェクトでは、建物の歴史や空間構成を分析しながら、歴史的価値を尊重しつつ新たな用途を導入するための設計提案を行った。現地調査や図面分析を通じて、保存と更新の関係について考察を深めた。
第三に、世界遺産都市マントヴァを拠点として、歴史的建造物を取り巻く制度や運営について研究を行った。特にPalazzo del Podestàを対象として、ユネスコ世界遺産制度、イタリア文化財法、都市計画制度、文化財マネジメントに関する分析を行い、文化財の持続的な保存と活用を支える仕組みについて考察した。
これらの調査・研究・設計実践を相互に往還しながら、歴史的建造物への現代的介入のあり方について多角的に検討した。
結論・考察
本研修を通して、歴史的建造物の保存とは単に過去の姿を維持することではなく、人々と建築との関係を継続的に更新していく営みであることを学んだ。
特に印象的であったのは、イタリアにおいて歴史的建造物が特別な存在として扱われるのではなく、人々の日常の中で自然に使われ続けていることである。マントヴァでは中世やルネサンス期の建築が現在も公共施設や文化施設として利用され、市民の日常生活の一部となっていた。そこでは建築の歴史的価値と現代的な利用が対立するのではなく、互いを支え合う関係として成立していた。
また、FAIの活動を通して、「使うことで守る」という考え方の重要性を実感した。文化財は保存されるだけではなく、人々が訪れ、学び、体験し、その価値を共有することで初めて未来へ継承される。そのためには建築的な修復だけでなく、教育活動、地域との連携、運営体制、経済的な持続可能性など、多様な視点から文化財を捉える必要があることを学んだ。
さらに、San NiccolòやPalazzo del Podestàを対象とした研究を通じて、歴史的建造物への介入は単なる設計行為ではなく、建物が積み重ねてきた歴史や記憶を読み取り、それらを現代に引き継ぐための対話のプロセスであることを理解した。重要なのは、過去を固定的に保存することではなく、その価値を損なうことなく現代の暮らしや利用の中へ位置付け直すことである。
本研修を通して得られた最大の学びは、文化財保護を建築だけの課題として捉えるのではなく、人々、地域、制度、運営などを含めた総合的な視点から考える重要性である。今後もイタリアで得た知見を基盤としながら、日本における歴史的建造物の保存と活用について研究を深め、文化財を未来へ継承するための新たな可能性を探っていきたい。
英文要約
研究題目
Research on Contemporary Approaches to Historic Buildings through the Activities of FAI (Fondo Ambiente Italiano)
申請者(代表研究者)氏名・所属機関及び職名
Miku Yashiki Politecnico di Milano, School of Architecture Urban Planning Construction Engineering, Architectural Design and History
本文
My academic interests originated in the fields of planning, art management, and museology, driven by a broader question of how art and design can contribute to people’s lives and the formation of local cultural values. Throughout my studies, I have been particularly interested in how cultural resources can be shared, sustained, and passed on to future generations. Over time, this interest expanded from cultural institutions to the physical architectural environments that support them. Through the study of architecture and cultural facilities, I became increasingly aware that buildings and urban spaces are not merely containers of activities but essential frameworks that preserve collective memory and shape cultural identity. This led me to focus on the question of how historic buildings can be preserved while remaining meaningful and relevant in contemporary life. Since 2024, I have been based in Mantova, Italy, a UNESCO World Heritage city, while pursuing graduate studies at Politecnico di Milano. Living and conducting research in Mantova has provided a unique opportunity to observe how historic buildings continue to function as part of everyday life. Palaces, churches, and public buildings dating from the medieval and Renaissance periods are not isolated monuments but active components of the urban environment, closely connected to the daily experiences of local residents. A major focus of this research has been the activities of FAI (Fondo Ambiente Italiano), one of Italy’s leading heritage conservation organizations. FAI not only preserves historic buildings but also reactivates them as places for learning, cultural engagement, and community participation. Its philosophy of “preservation through use” offers an important model for connecting heritage conservation with contemporary needs. The research combined field surveys, archival and literature studies, design-based investigations, and analyses of heritage management systems. In addition to studying FAI sites, I conducted design research on the adaptive reuse of historic buildings and examined the institutional, economic, and managerial frameworks that support heritage conservation in Italy. Through these experiences, I came to understand that the preservation of historic buildings is not simply a technical matter of restoration. Rather, it is a continuous process of creating meaningful relationships between heritage, people, and place. The Italian experience demonstrates that historic buildings can remain relevant when they are integrated into everyday life and supported by education, community engagement, and sustainable management. The knowledge gained through this research has provided valuable insights into the future of heritage conservation and adaptive reuse, and offers potential references for the preservation and activation of historic buildings in Japan.