研究報告要約
在外研修
7-304
西 毅徳
目的
本研修は、「ヨーロッパにおける自然現象の特性を活かした空間体験の探求」を目的とする。フィンランド、オランダ、ノルウェーの異なる自然環境と文化背景をもつ地域を舞台に、光・風・気象といった自然現象を建築的に読み取り、空間体験として再構成するための知見を得ることを目指した。
特に、自然環境と建築空間が相互に作用することで生まれる心理的・身体的体験に着目し、人が「美しい」「心地よい」と感じる空間の成立条件を探ることを主眼とした。ヨーロッパにおける宗教建築や近代建築の先行事例を調査すると同時に、各地の自然環境そのものを観察・記録することで、自然現象を内部化した建築的空間表現の可能性を探究した。
本研修によって得られる知見を、自身の「現象装置としての建築・空間作品」の研究と制作に接続することを最終的な目的とし、どのように自然の現象を増幅させて知覚空間として立ち上げられるのかを探った。
内容
本研修は共通テーマのもと、各国の環境特性に応じた二次テーマを設定し、国際レジデンス機関を拠点として実施した。
フィンランド(3月〜6月)
拠点:OLD MINE RESIDENCY(オウトクンプ)
二次テーマを「北欧の光環境と空間デザイン:フィンランドの自然光が生む空間」と設定した。Juha LeiviskäやAlvar Aaltoに代表される建築における光の扱い方を参照しながら、フィンランド特有の低い太陽高度や長い黄昏時間が空間に与える影響を調査した。建築調査と並行して、森や湖といった自然環境の観察・記録を行い、得られた知見をもとにインスタレーション作品を制作・発表した。
オランダ(6月〜8月)
拠点:ARE:Artist Residencies Enschede(エンスヘデ)
二次テーマは「風土と水が織りなすオランダの光:動的要素を取り入れた構造」。平坦な地形、風、水路に特徴づけられる環境が生む光環境に着目した。レンブラントやフェルメールに象徴されるオランダ絵画の光を参照軸としつつ、干拓地として形成されてきた土地の成り立ちと空間感覚を調査した。現地アーティストや地域住民との交流を通じて、「光・空間・人」の関係性を検討し、調査結果をもとに作品を制作・発表した。
ノルウェー(9月〜12月)
拠点:LKV:Lademoen Kunstnerverkstede(トロンハイム)
二次テーマは「極北の季節と建築空間:ノルウェーの自然環境と人の建築」。秋から冬へ移行する極北特有の気候条件と日照時間の変化を軸に、スターヴ教会やニーダロス大聖堂などの宗教建築を調査した。教会内部の光環境や自然素材の使われ方を記録し、管理者への聞き取りを行うことで、地域特性と空間構成の関係を考察した。海岸線や周辺自然環境も含めてリサーチを行い、作品として発表した。
帰国後(12月〜3月)
三カ国での調査・制作を統括し、「ヨーロッパと日本の比較研究:光・環境・空間と人」をテーマに整理を行った。ヨーロッパの光環境と空間体験を日本の環境・文化と比較することで相違点と共通点を明らかにし、今後の制作研究につなげることを目的とした。
方法
本研修では、フィンランド、オランダ、ノルウェーの三カ国において共通して、「現地調査」「作品制作」「展覧会発表」の三段階からなる方法を採用した。これらは独立した工程ではなく、調査によって得られた知見を制作へ転換し、その成果を発表によって検証する循環的なプロセスとして構成されている。
現地調査では、主に宗教建築を対象に、自然現象と空間の関係性を定量的・定性的に記録した。時間や天候、太陽の方位・高度の記録に加え、照度計および温湿度計による環境計測、写真・映像・スケッチによる空間記録を行った。さらに、空間に滞在することによって生じる心理的・身体的反応も含めて記述し、数値データと体験的知覚の双方から環境を把握した。また、各国を象徴する自然環境においては、キャンプを含む数日間の連続的な滞在を行い、時間変化を含めた自然現象の観察を実施した。
作品制作では、調査から抽出された環境特性をもとに、光・風・水・温度などの自然現象を可視化・増幅する「現象装置」としての構造を構想した。ここでは自然現象を単に再現するのではなく、特定の現象を強調し、知覚の閾値を超えて立ち現れるように構造条件を設計した。制作にあたっては、展示空間をスキャンし、鑑賞者の視点や動線を含めた検証を行いながら、スタディモデル、スケッチ、CADによる解析を往復する形で設計を進めた。素材には各地域で日常的に用いられているものを取り入れ、土地固有の環境条件と密接に結びついた構成とした。
発表は、各レジデンス機関やフェスティバル、パブリック空間において、1週間以上の公開展示として実施した。あわせて英語によるプレゼンテーションと対話の機会を設け、来場者や関係者からのフィードバックを通じて作品の有効性を検証した。
制作された三作品は、それぞれ「均質型」「変動型」「制御型」という空間類型に対応しており、自然現象と構造の関係を、環境条件に応じた設計原理として整理する成果となった。本研究は、自然現象を扱う空間設計を、類型化可能な設計原理として提示するものである。
その成果として、以下の三作品を制作・発表した。
《Läsnäolo》(フィンランド)
旧鉱山トンネル内で生じる雪解け水の滴下という微細な自然現象に着目し、その反復的な変化を増幅する装置として構成したインスタレーション。
《Zon Weef》(オランダ)
散乱光と風による環境条件をもとに、可動要素と反射面を組み合わせることで、光の変動を空間内に可視化する装置を用いたインスタレーション。
《NAGI TEI》(ノルウェー)
低温環境における凍結と融解の過程を成立条件とし、氷の組石構造が時間とともに変化することで、自然と構造の関係を提示する庭。
結論・考察
本研修は、フィンランド、オランダ、ノルウェーの三カ国において、自然現象(光・風・気象)と建築空間との関係を調査し、それらが人の身体感覚や心理状態に与える影響を比較・分析することを目的として実施した。あわせて、各国の自然条件と文化的背景を踏まえた作品制作を行い、調査と創作を連動させた実践的研究として展開した。
フィンランドでは、低い南中高度による低角度光と、森林や湖に囲まれた穏やかな環境条件によって、空間が均質かつ静的な視環境として成立していることを明らかにした。弱いコントラストと低ノイズ環境は、時間感覚の緩和や内省的な身体状態を誘導する。Juha Leiviskäの教会建築に見られる間接光の構成は、これらの環境特性を建築的に明確化する手法として位置づけられる。制作した作品では、滞在先の旧鉱山トンネル内に生じる雪解け水を素材とし、自然現象そのものを知覚化する装置として提示した。この作品は、自然を受容するフィンランドの建築的態度を踏まえて構成されたものである。
オランダでは、平坦な地形と水路網、恒常的な風の存在により、空間が常に動的な環境条件下にあることを確認した。散乱光による非均質な視環境は瞬間的な明暗変化を生み、身体的な覚醒や移動を促す。歴史的教会建築が文化施設として再利用され、現代アートと共存している状況は、自然条件と人為的操作が重層的に空間体験を形成していることを示していた。作品では、光と風の変化に着目し、繊維産業の歴史をもつ都市の文脈を踏まえ、風を受けて揺動しながら光を可視化する装置を制作した。この作品は、瞬発的な変化を読み取りながら構成されるオランダの建築的特性を基盤としている。
ノルウェーでは、秋から冬にかけての急激な日照低下と不安定な気象条件により、光が希少な要素として知覚される環境を確認した。建築は外部環境を遮断・調整する役割を担い、ステンドグラスや素材を通じて光の質が強調される。外部の厳しい自然条件に対する内部空間の保護という明確な対比が、空間体験の基調をなしている。制作した作品では、トロンハイムの海と氷の風景から着想し、氷を用いた組石による石庭を構成し、時間の経過とともに融解していく自然過程を提示した。この作品は、自然を制御しようとする建築的態度に対し、制御不可能な変化を内包する空間をあえて提示する試みである。
三カ国の比較を通じて、自然現象を基盤とした空間体験は、「均質型(フィンランド)」「変動型(オランダ)」「制御型(ノルウェー)」という三つの類型として整理できることを明らかにした。これらの違いは、気候条件のみならず、自然に対する文化的態度や宗教観、歴史的背景と密接に関係している。
本研修の成果は、調査・作品制作・発表を連続的に行う国際的な滞在研修によって初めて得られたものであり、公的助成による継続的な海外調査の有効性を示す具体的な事例である。また、自然現象を受動的に取り入れるのではなく、「拡散」「変動」「制御」といった操作として空間設計に組み込む視点を提示した点で、今後の建築・空間表現の分野における発展的な知見を提供するものとなった。
英文要約
研究題目
Exploring Spatial Experiences Utilizing the Characteristics of Natural Phenomena in Europe
申請者(代表研究者)氏名・所属機関及び職名
Takatoku Nishi Doctoral Candidate, Graduate School of Fine Arts, Tokyo University of the Arts
本文
This overseas research project explored how spatial experiences emerge from the specific characteristics of natural phenomena in Europe. Conducted in Finland, the Netherlands, and Norway, the project examined how light, wind, and climatic conditions can be architecturally interpreted and reconfigured as perceptual space. Rather than treating nature as a background condition, the research focused on moments in which natural phenomena quietly enter architectural space and affect bodily and psychological perception. Field research was carried out on religious and modern architecture as well as surrounding natural environments, combining environmental measurement with extended observation and embodied experience. In Finland, the installation (Läsnäolo) responded to stable low-angle light and environmental stillness. By subtly amplifying repetitive water droplets inside a former mine tunnel, an almost imperceptible natural phenomenon was allowed to shape a homogeneous and introspective space, where time appeared to slow and gently accumulate. In the Netherlands, (Zon Weef) engaged scattered light and constant wind. Movable elements and reflective surfaces translated changes in air and light into soft movement, weaving fluctuation and rhythm into space and encouraging bodily awareness and alertness. In Norway, (NAGI TEI) was developed under conditions of extreme seasonal change and limited daylight. Using ice as a structural material, the installation incorporated processes of freezing and melting that could not be fully controlled, allowing time and temperature to quietly reshape the spatial condition. Through comparative analysis, the research identified three spatial typologies—homogeneous, variable, and controlled—each reflecting distinct environmental conditions and cultural attitudes toward nature. The project proposes that natural phenomena can function not as passive elements, but as operative design principles—such as diffusion, variation, and control—through which space is structured, perceived, and experienced.