研究報告要約
国際交流
30-209
花岡 美緒
目的
この展覧会は、巨匠から新鋭のアーティストまで、様々な芸術家や職人の厳選作品を通して、陶磁器という材質に現代美術の関心が向けられているのかという疑問を明らかにすることを目的としてる。陶磁器を巡る近況を追うことで、芸術分野は勿論、工業建築を含む建築学およびデザイン学に至るまで、多方面で陶磁器への関心が回復してきていることや、現代社会における陶磁器の汎用性の高さを明らかにしていく。
本展覧会のタイトルは、「formules.limites(フォルミュル・リミット=極限数式)」の概念から着想を得たものであり、陶芸家が釉薬を生成する為に用いる化学反応式が限りなく多いことに反映されている。つまりこのタイトルは、様々な応用が可能な元素周期表を表している。「Formes Limites」展は、芸術品や彫刻品制作の要となる、陶磁器の柔軟な物質性に関する研究分野において、意義深い場になることを望む。また、ここで言うlimite(リミット)の概念は、境界線という視点から理解されるものではない。どちらかと言うと、領域、つまり芸術から建築を経てデザインまで、様々な分野に広がるぼんやりとした輪郭が形作る領域を指している。交流や対話が行われているこの領域だが、その構成要素には陶磁器の使用という共通点があり、陶磁器特有の行為や技術の幅を広げ、定着させる支柱的な場所となる。またこの領域は、伝統からイノベーションまで様々な種類の形(フォルム)を生み出す。つまりこの領域とは、選ばれし作品の連結によって形成される大きな骨組みなのだ。その骨組みの上では、作品が個々に進化し、互いにぶつかり合いながら自身が属する分野の境目を模索する、という一連の事象が繰り広げられている。
手工芸の陶芸作品は、本企画において重要な地位を占めている。陶芸は、現代芸術界の今日の陶磁器創作に対して、対照的な働きをしており、本企画に陶芸作品を導入することにより、陶磁器に関連する伝統的実践の系譜の中で、現代の陶芸作品を再定義することが出来るだろう。特に私達は日本の陶芸に特別な関心を寄せており、本展覧会の導入として日本の陶芸作家の作品を展示する。精密さや完成度の高さに定評がある日本の伝統陶芸は先祖代々受け継がれてきた技術を保護し、そのノウハウを新しい世代の陶芸家に継承することに成功してきており、今回、本会を読み解く鍵として日本の陶芸を紹介し、これを用いて陶磁器が秘める柔軟性やそれが生み出す形の多様性の限界をはっきり定義することを目指している。
陶磁器は、抽象的、実利主義的、瞑想の対象といったどのような形で存在しようとも、表現の大きな可能性を与えてくれることには変わりない。「Formes Limites」展を通して微かに見えてくる輪郭内の領域は、陶磁器という柔軟な性質のプリズムを通して読み解かれた作品同士が混ざり合い、連結し、対面する場所となります。本展覧会は、様々な作品を展示し関連づけることで、現代の陶磁器に関する創作活動を分野の隔たりなく読み解いていただくことを提案する。
内容
この企画は、パリ国立高等美術学校内チャペル・プチ=オーギュスタンでの現代美術展「フォルム・リミット」を中心に、それに付随した、1月25日パリ国立高等美術学校の講堂で開催された現代陶芸に関するシンポジウム、応用美術学校であるエコール・デュペレでの楽焼ワークショプ、そして展示の鑑賞ガイドツアーによって構成された。また、日仏友好160周年を記念した「ジャポニスム2018」のプログラムの中にも組み込まれ、日本文化、日本の陶芸の多様さを提示した。展示開始に際し、1月25日に豊福誠、田中隆史、大江ゴティニ純子、フレデリック・ボデ、エリーズ・ヴァンドゥワルの5名による講演会もパリ国立高等美術学校内のロージュ講堂にて開催された。また、1月29日にはパリ市内のデュペレ応用美術学校で、朝9時から午後5時まで、三上亮、山本直樹、田中隆史による陶芸科学生向け(20人)の楽焼ワークショップも行った。
本展覧会では陶磁器の汎用性の一部に関して、テーマごとに異なる4つのセクションによって構成された。各セクションは、小さい作品を文脈付けて展示する大きな展示ケース構造と、現代彫刻から構成され、分野の第一人者である造形芸術家のひとつの作品にテーマ付けされており、他の作品はこの作品を中心とした関連作品となった。これらの関連作品はセクションの意図をより豊かなものに昇華させ、そこに広がる問題性を反映する役割を担った。これらのテーマに網羅的な狙いはなく、大部分が抽象的な造形パノラマを描いていた。このような構造を選んだのは、具象派的な主題に関する疑問を回避しつつ陶磁器の特色を可視化できるからであり、このやり方により、抽象化の第一原則である、「形や色を自立させて作品の芸術的特性を際立たせることを目指す」という考え方に回帰することができたのではないかと期待する。
この会場デザインは、決して順路を強制することなく、すべての展示作品を同じ土俵で見せる一端を担い、また、性質の異なる作品同士を対話させるのに大きな役割を果たした。会場デザインは、独特な展示会場であり、パリ国立高等美術学校の文化財でもあるチャペル・プチ・オーギュスタンの特性を考えながらデザインされた。このチャペルの中に常設で展示されている、石膏像やルネッサンス期の彫刻を生かしながら、今回の『フォルム・リミット』展を上手に見せる為の展示方法を模索し、展示台は、展示会場と共存しながら、展示作品を包括的にみせる彫刻のような構造体に最終的に決定した。
方法
展示ケースは4つの大きなセクションを意味付ける構造体と、それに付随する展示台、彫刻作品から構成された。構造体と展示台は着色された鉄鋼の枠組みから成り立っており、それが幾何学的なオブジェのような印象を与えると同時に、軽い存在感もある。台は木枠に薄いコンクリートを流し込んでつくられた。
セクション1 : Genèse(起源と形成)
このセクションは後に続く様々な展示作品をより深く理解する為の、陶磁器の実践の紹介、そして導入として陶磁器の釉薬の持つテクスチャーの可能性を見せる部分としての役割を果たす。リューシー・リーの歴史的な作品で、火山のクレーターのような釉薬を纏った『Cylindrical Pot』 から、三上亮の磁器を種類の違う土で形成し、そのつなぎの部分が溶解した『壺』まで、この第一セクションの作品は、私たちに陶磁器という素材や形の可能性と多様性、釉薬の豊富さを提示した。
セクション 2 : Objets découpés(切断されたオブジェ)
第2の展示台に纏められている作品は、彫刻家や陶芸家が扱う「切断」に焦点を当てています。このセクションは、トニー・クラッグ(Tony Cragg)が1990年に製作した『Laibe』を出発点に構想された。この作品は、4つの陶の花瓶の形をした固い花瓶がくっつけられ一体化し、さらにそれが積層されて切り刻まれており、焼成過程によって時間が凍結され、形成時の動作が素材を通して保存されているようである。
このセクションの他の作品にも、トニー・クラッグの作品に近い彫刻のテーマがあり、田中隆史の作品『湧く』では、その作品は鋭く素早い形を通じて、形成時の動作が見て取れる。また、三上亮の作品では、手のひらを使って形成されたパーツが組み合わされ彫刻が構成されており、その動作の痕跡を感じながら、そのくぼみから流れる様々な色のガラスが溶け、オブジェと融合している。
セクション3 : Fragmentation de l’objet (オブジェの断片化)
このセクションの作品は、物体を粉砕することで「分解」というコンセプトを探求していく作品を集めた。分解という言葉は、ここでは「物体を解体して新しい形を再構築する」という意味で用い、作品制作におけるプロセスの一環を成している。 その中には、例えば、エリーズ・ヴァンデゥワルの破壊されたトロフィーに表現されているような、作品の形そのものを破裂させることを目的とするものもあるが、田中隆史やフィリップ・バルドの作品に見られるように、物体の再配置を目的とするものもある。後者バルドは、陶芸家ポール=アミ・ボニファスの鋳造作品を再利用して我が物とした上で再解釈し、そうすることで造形について研究、分析している。そう考えると、粉砕という概念は 作品の着想を得る上での手引きのようなものなのかもしれない。
セクション4 : Géométries fictionnelles(空想幾何学)
空想幾何学は、陶磁器の延性に着目したテーマであり、その性質によって創作家達は既存の表現体系に属さない形を造ることが出来、ありがちな象形やテーマから逸脱することができる。この分野の作品は 彫刻作品である傾向が明らかに強く、自己言及的な体系に属するものである。また、精神的な創作プロセスを経て、想像上のフォルムを具体化するものでもある。Karen.Bennickeの作品の複雑さは、彼女の「空間的ビジョン」や「建築の無意識の借用」を具体化する為の暗号化の結果なのだ。
結論・考察
この企画は、中心となる展覧会を軸に、それに付随した、現代陶芸に関するシンポジウム、応用美術学校であるエコール・デュペレでの楽焼ワークショプ、そして展示の鑑賞ガイドツアーによって構成された。この「フォルム・リミット」展への来場者は予想を上回る1万1000人におよび、その年齢層も、60歳以上を中心とした陶芸愛好者から、現代美術・彫刻に関心のある若者、そして子供まで及んだ。特に、パリ美術高等学院で開催した意義として、普段「陶芸」と聞いて、「古臭い、工芸作品はつまらない」と考えている美術関係者に対して、彫刻を形成する素材としての陶芸の奥深さや多様さ、そして様々な可能性を発見してもらえたことであると考えている。もちろん、陶芸愛好家も沢山訪れ、陶芸愛好者にとっては、あまり触れる機会のない現代彫刻を、陶芸という素材を通して理解する意義のある機会になったと考えている。
「ジャポニスム2018」のプログラムの中に組み込まれたことで、フランス在住の日本人、日本文化に興味のあるフランス人や外国人も数多く訪れ、日本陶芸の現代性や多様性だけでなく、ヨーロッパの陶芸技術や表現を、新しい展示の仕方で新鮮に観る機会になったのではないかと思う。
展示開始に際し、1月25日に豊福誠、田中隆史、大江ゴティニ純子、フレデリック・ボデ、エリーズ・ヴァンドゥワルの5名による講演会もパリ国立高等美術学校内のロージュ講堂にて行われ、東京芸術大学での陶芸教育、日本の近代陶芸史、陶芸の色をめぐる比較文化、欧州陶芸の模倣と創作、現代美術家の陶素材との向き合い方など、様々な視点での現代の陶芸をめぐる問題を提起し、教育的、研究的な観点、そして創造的な観点からの非常に豊かな議論の場となった。。
デュペレ応用美術学校での楽焼ワークショップでは中庭にレンガで簡易的な窯を即席で立て、木炭で火を起こし温度を上げていった。実技を通じて技術をお互いに理解し合う、非常に実りある文化交流となった。
また、常駐の作品解説員が来場者の質問に随時答え、議論と理解を深めていった。さらに、週末に、陶芸愛好家、現代美術専門家、美術学生、小学生などのグループにガイドツアーなども行い、作品の説明や展示の流れなどを紹介したのもリピーターが多かった要因かもしれない。
現在アンスティチュ・フランセ東京からの持ちかけで、「ジャポニスム2018」の返答企画でもある、2021年に東京各地で開催予定のフランス文化紹介のプログラムへの企画を構想している。今回のパリ高等美術学校での成果を解釈し直し、それを日本の文脈でどう見せるか、より深い調査をする予定である。キュレーションを務めたジェシカ・ボベトラは日本陶芸への調査の為の滞在を希望し、日本での展示に向けての準備する予定である。
英文要約
研究題目
Contemporary ceramic exhibition “Formes Limites (Limited Forms)”
申請者(代表研究者)氏名・所属機関及び職名
Moi Hanaoka, Formes Limites; coordinator, translator for Japanese
本文
“Formes Limites” is an exhibition dedicated to ceramics, which brings together works of art, ceramists, objects of design or elements from the industry. It highlights the sculptural potential of these materials. Each of the works presented shows a specific approach to ceramics and its shaping. Taught at the Beaux-Arts in Paris, it fits into our era by its technical and aesthetic qualities. The exhibition, held in the Chapelle des Petits-Augustins, in the center of a unique decor of carved and painted copies inherited from the nineteenth century, testifies to a renewed interest in a technique that values the savoir-faire and manual manufacturing.
Ceramics appear more and more frequently in the productions of artists, who use its malleable character to recreate everyday objects, integrate it into installations, or give shape to geometries that can not be realized with other materials. The exhibition reflects the diversity of approaches allowed by ceramic materials. It particularly highlights the work of enamel, which offers a wide range of colors and textures.
Non-gurative, the works presented are referred to their formative properties. This bias was motivated by the desire to make visible the sculptural character of works beyond issues related to representation, and regardless of the field to which they belong.
Japanese ceramics occupies an important place in the exhibition. Their presence testify to the influence she exerts on many Western ceramists. The works of several contemporary Japanese masters are exhibited for the first time in France.This exhibition is also included in “Japonisme 2018”.
Lastly, historical works are also presented, such as Pilastro by Ettore Sottsass, generously lent by the National Museum of Modern Art, Center Pompidou or Laibe’s work.Tony Cragg and Gauguin vases by Betty Woodman, last pieces made by the artist at the Manufacture de Se`vres.
We have had more than 11000 visitors during one month of exhibition, which prove that interests in ceramic is increceing. We hope that both people from art world and ceramic world discovored different perspective in exposed works.
We plan to continue the exhibition in the same frame work, in Tokyo, in 2021, for the program organized by Institut Francais Japon.