研究報告要約
在外研修
31-301
高橋 まり
目的
学生時代から、早稲田大学古谷誠章研究室にてJohn HejdukやLe Corbusierをはじめとした20世紀のモダニズムの建築家の建築設計のプロセスに関する作家論研究をはじめ、建築家の図面やドローイングのアーカイブや展覧会の会場構成・実測調査のプロジェクトに取り組んできた。
作家論研究の役割として、建築家の構想段階のドローイングや図面からその設計意図や思想、時代背景を明らかにし建築家自身やその作品への新たな解釈や評価を提示すること、建築家の図面やスケッチ、ドローイングの収集・保存・アーカイブ化、社会に発信していくための展覧会の開催が挙げられる。
大学院でのドイツ留学中に欧州においてはモダニズム建築の成立から約100年が経過し、その保存や世界遺産への登録が始まっており、モダニズム建築も歴史様式建築同様に文化財であると認識があること、また、後世に残していくため多くの建築家による改修や増築が積極的に行われていることが印象的だった。一方で、日本人建築家の作品の評価は世界的に高い一方で、日本国内のモダニズムの建築は老朽化を理由に解体されていく現状に違和感を抱いた。また、欧州では現代建築の改修・修復は歴史家ではなく、建築設計事務所によって改修や増築が行われ、竣工当時の姿を維持するだけでなく、既存の建築を尊重した上で必要な機能を満たすための改修がおこなわれている。
本研究は、日本のモダニズム建築の文化的価値を伝統的な日本建築と同様に一般社会に伝え、次の世代に遺していくために、設計者の観点から1「建築家によって設計された建築物がその設計意図/思想を丁寧に読み取った上で保存/改修計画が行われた理想的な事例研究」及び2「具体的な設計手法の獲得」を目的とする。
内容
プロジェクト概要
Studio Mark Randelでは、スペインのバレアリック諸島の海辺に建つ「Finca」の改修をドイツ人スペイン人同僚と3人で担当した。「Finca」とは、スペインの農家の総称であり、島内にも数多くのFincaが存在し、別荘やホテルなどとして使用されている。
1960年代にスペインの建築家Josep Maria Bassolsによって大家族の別荘として設計されたもので、伝統的な民家というよりもファサードにアーチを持つ建築家によって解釈がなされたモダニズムの「Finca]である。
プロジェクトに加入した時点で基本的なコンセプトやプランニングが決定しており、素材やプロダクトの選定、インテリアデザイン、ディティールの検討を行った。
改修のアプローチとして特筆すべきは、「素材の扱い」と「クラフトマンシップの現代的な更新」という姿勢である。先に述べた通り、既存の住宅は建築家によって伝統的住宅が解釈されたモダニズム建築であるため、単なる伝統的工法を用いた復元や完全なモダニズムの建築の再現もふさわしくないと考えられた。
素材へのアプローチ
伝統的な「Finca」と既存の住宅の特徴や素材、構法、ディティールを文献や写真からリサーチし、改修の際に用いる最小限のマテリアルパレットを設定した。「島で用いらている白の荒い漆喰」「既存の住宅や伝統住宅で使われているハンドクラフトのテラコッタタイル」「敷地を覆う岩盤と同じ島から採れる岩、ピエドラ・デ・イビザ」「島で植生しているザヴィーナ・マツ」の4つに「ドアの取っ手やタップなどの金属」「島の伝統的な椅子や日よけとして用いられる籐や麻」を定め、場所によって仕上げを変えることはあるが素材は基本的に上記の6つしか用いないことに決まった。
クラフトマンシップの現代的な更新
伝統的な「Finca」と建築家Bassolsによる既存の住宅に共通する要素として、「島内にある素材を用いている」、「島内の農民や職人のもつ技術で施工されている」「周辺の自然環境に対して閉じながらも接続している」ことが挙げられた。一方で伝統的な「丸みを帯びた漆喰仕上げのディティール」は「エッジのあるモダニズムのディティール」に交換されたり「夏の強い日差しから内部を涼しく保つ為に取られていた小さな開口」は「大きな開口+ロッジア」という構成に変えられており、モダニズム建築の特徴が見受けられた。
「残すもの」と「更新するべきもの」を設定し、「残すもの」は徹底的に既存の状態を維持または同一の素材でほとんど認識できない程度に修復を行い、「更新するべきもの」はクラフトマンシップを継承した上で新しいと感じられる素材やディティールなどを検討していった。
例えば、ファサードに関してはそのままを保持するが、同一の素材を用いて修復を行うことに決めた。海風により剥がれてつつある仕上げの漆喰に対して、既存と同一の伝統的な漆喰を薄く重ねることで剝がれている部分を「修復」する一方で経年変化で剝がれた部分が新しいパターンとなるように、薄く塗り重ねるという選択をした。
また、ユニークなアプローチとしては、既存の床に敷いてあったテラコッタタイルを砕き、新しい床材としてテラゾーを製作した。テラコッタタイルは砕いて石材として用いるとともに、粉砕して島から採れる黒石や敷地の砂を混ぜた骨材にも使用した。
他にも、異なる素材を用いながらも構法を同一とするアプローチもあり、端に「修復」「復元」にとどまらない改修手法をプロジェクトを通して学ぶことができた。
方法
1. Studio Mark Randelにおける設計業務を通した実務研修本研究は、ドイツ・ベルリンの建築家Mark Randel の事務所での研修を通して、研究目的に挙げた2つの研究活動に取り組むものである。
Mark Randelは、David Chipperfield Berlin 事務所の創設者の1人であり、「Neues Museum」の改修コンペティションに勝利し、10年に渡ってプロジェクトを牽引した建築家である。「Neues Museum」はカルル・フリードリッヒ・シンケルの弟子であるフリードリッヒ・アウグスト・シュテューラーによって1843-1845に設計され、第二次世界大戦で深刻な被害を受けたのち、David Chipperfield Berlin 事務所によって修復・改修が行われた。「Neues Museum」は、第二次世界大戦で深刻な被害を受け、外壁しか残されていない部分がある状態から、様々な程度に残された元の建築家の設計部部を丁寧に読み取り、1つずつ丁寧にディティールが設計され、新旧の建築部分が融合され新しい空間性を生み出したことが高く評価されている建築である。
事務所ではスタディ、模型製作、ディテールの検討、図面、クライアントへのプレゼンテーションの作成、メールのやり取り、出張など事務所内での設計業務一般に取り組んだ。
2. ドイツ国内・周辺国におけるモダニズム建築の改修・復元事例に関する研究・調査
ドイツ・ベルリンは1910年以降実験都市として多くのモダニズム建築が建てられた都市であり、「ベルリンのモダニズム集合住宅群」が世界遺産に登録されるなど、建築家によって設計されたモダニズム建築が保存・活用されている都市である。特に1960年以降の戦後の西ベルリンには西側のショーケースとしてモダニズムの傑作が建てられ、ミース・ファンデル・ローエの「Neue National Galarie」改修工事を始めとして、今後ますますモダニズム建築の保存・改修が進んで行くと考えられる。
研究の傍ら、ブルーノ・タウトの「ブリッツの集合住宅」「ヴァイセ・シュタット」「ヴォーンシュタット・カール・レギーン」や「グロースジードルング・ジーメンスシュタット」の訪問や住民の方にお話を伺った。また、「Neue National Galarie」改修工事を含むDavid Chipperfield Architectsの担当者によるレクチャーや実際の工事現場見学などに参加した。
結論・考察
Studio Mark Randelでの実務研修では、建築家Josep Maria Bassolsによって設計された伝統的住宅「Finca」の改修を行った。
モダニズム建築として解釈が加えられた伝統的住宅という特殊な背景を持つ住宅の改修に対して、建築家が伝統住宅の素材や構法を継承する一方で、ディテールや空間の質を更新したことを読み取り、この度の改修においても「クラフトマンシップの現代的更新」を掲げ、「継承するもの」「更新するべきもの」を取捨選択し、素材の扱いを重要視し丁寧に設計を進めていった。
また、実務研修を通し、設計者としてローカルアーキテクトやエンジニア、メーカーなどと協働しながら責任を持った立場で1年間プロジェクトに関わることができた。いかに考察を示す。
プロジェクトで行われていたアプローチは、かつての状態を完全に「複製」するのではなく、積極的に「更新」をしていくものであった。
しかし、「継承するもの」「更新するもの」を明確に定義し、「継承するもの」は同一の素材や構法を用いることで最低限の修復に止め、徹底的に既存の状態を保っていた。また、「更新するもの」は、「既存の素材を用いて新しい素材を製作する」「異なる素材を用い既存と同一の構法で新築部を設計する」「同一の素材を用いるが、仕上げを変更する」「同一の素材を用いるが、ディテールを変更する」などある既存の要素を引き継ぐことで新築部が既存の建築と調和し、また空間性を継承することができていた。
また、機能変更などで既存にはない新しい素材を挿入する場合は、既存の素材と調和するものを注意深く選定し、要素を最低限に止めていた(ガラスなら1種類、金属ならステンレスの磨き仕上げ1種類のみなど)。また、場合によっては、そこが新築部だとわかる統一したプリンシプルディテールを建物全体で設定していた。
これは、既存の建築に対して、素材や構法・ディテールいずれかの共通言語を持つ最低限の新しい位相/レイヤーを加えていくような改修のあり方だと考えられる。
他の欧州の改修事例を訪ねてみても、改修の際に新たな位相/レイヤーをこれまでの時層に重ねていくことが強く意識されていることに気づいた。
例えば、一見歴史的な建築物に見えるケルン大聖堂が各時代の技術で増築が繰り返された歴史の集積物であり、「かつての状態に戻す」というよりも「複層した歴史に新しい1枚を重ねる」アプローチを取っている。
ただその手法については、、かつての状態に限りなく近づけるもしくは、かつての状態とは対比的に「形態」「素材」「構法」「ディテール」をあえて変えるなどの違いがある。多くの建築家がその作家性を表すように既存に対比的な改修を行う一方で、Studio Mark Randelでは基本的に既存をそのまま残し、更新するものは「素材」「構法」「ディテール」のいずれかを継承した上で設計することで既存の空間性を引き継ぎながらも新しい空間性を生んでおり、非常にユニークなアプローチだと考えられる(David Chipperfield Architectsの「Neues Museum」で行われた手法と共通する)。「(主に素材を継承することで)新旧の要素が極めて融合すること」「新築部の判別が一見つかないこと」「新築部と既存の間に対比を示していないこと」が他の改修手法との違いとして挙げられ、強い形態としての作家性を持たないため、普遍的な改修の手法へ応用が可能なのではないかと考える。
英文要約
研究題目
Research for the Design Method for the Refurbishment of the Architecture aiming for Refurbishing the Modernism Architecture in Japan through the working at Studio Mark Randel
申請者(代表研究者)氏名・所属機関及び職名
Mari Takahashi ,Studio Mark Randel,Architect
本文
During my working at Studio Mark Randel, I was mainly in charged of the refurbishment project of Villa in Balearic Islands in Spain.
The house is so-called ‘Finca’, Spanish farm house, was built by Spanish architect Josep Maria Bassols in 1960s and it is located on the cliff in east southern part of the island, surrounded by beautiful nature and amazing landscape.
Our main theme through the project was to respect existing but to bring it to the ‘new’ . It means that we tried to achive not completely imitate the traditional method and local craftsman unship but also updating them as we can recognize that the house still inherits the spirit of traditional.
We started the project from collecting the reference images of the traditional finch and existing house and noticed that this house is already the modern version of traditional farmhouse designed by architect. So we decied that we can also renew the elements of the house with great respect for the existing materials and details.
The most impressive approach to the renovation is to strictly distinguish old and new for materials and detail in the house and to stick to the minimal element if we add something new. For instance, we kept the existing facade as much as possible and just repaired the place which lost the plaster finishing. Even we tried to add thin layer of the plaster which is exactly same as the one applied on the existing facade in order to let people know the time has passed. Another interesting method is to create new materials from existing materials. We made new terrazzo floor with broken pieces of the existing terra-cotta tile on the floor and filling made from crushed terra-cotta , sand and stones on the site. I thinkt this method can show our approach towards refurbishment clearly : gives great respect the existing and local craftsmanship but make it new.
In conclusion, I had great experience and leant many practical knowledge for the renovation project focused on materiality at Studio Mark Randel, collaborating with local architect, engineer and colleagues. I strongly believe that it would help my further research and practice about refurbishment of the modernism architecture in Japan.