研究報告要約
調査研究
5-102
渡辺 剛
目的
【背景・課題】─サンゴ礁に覆われた島の環境と現在の問題
奄美群島喜界島は約12万年の時を経て海底のサンゴ礁が隆起してできた島である。現在も島の周りはサンゴ礁に囲まれ隆起し続けており、島全体の地質もサンゴ礁由来の石灰岩で構成されている世界的にも極めて特殊な性質の大地である。
例えば、サンゴ礁由来の石灰岩は多孔質で水はけが良いため島には川が存在せず、代わりに断層から溢れる湧き水や豊富な井戸水を依り代に集落が構成されており、加工しやすい石のため風よけの石垣はすべてサンゴで構成されていたりなど、他には見られない特殊な風景が広がっている。また、ミネラルが豊富なその地質はサトウキビの成長にも寄与し、食文化に繋がる側面もある。
しかし近年、地球温暖化等の影響でサンゴに変質が起こり、海の生態系の変化が懸念されている。それに対してこの島には7年前に喜界島サンゴ礁科学研究所が設立され、国内外から地質学や海洋学等を専門とした人材が集まっており、「サンゴ礁を100年後に残す」という目標のもと研究に取り組んでいる。
またこの島の集落では、人口減少による労働力不足や経済的な衰退により、昔ながらの石垣の保存や空家の維持が難しくなっているような問題が起こっている。
【目的・意義】─海と陸の両側の視点から考える
サンゴ礁という特殊な地質が全体を覆っているこの島では、
1)地球温暖化等によるサンゴの変質とそれに伴う海の生態系の変化
2)気候変動や人口減少による人間社会の衰退
という、海と陸地がそれぞれ抱える問題が連続的に影響し合っている。
本研究の目的・意義は、地球環境や人間社会の変化に対して、海と陸が共生していくための持続可能な集落や海辺の在り方=建築の周辺環境のデザインの方法を模索することである。
本研究における第2回調査である今回のフィールドワークでは、島全体の地質と集落、畑、森等の大きな配置関係を調べ、加えて局所的な視点として、昔ながらの形式が残っている古民家の実測とヒアリング調査を実行する。
内容
【本研究の独創性】─サンゴ礁科学と建築学の共同
海においてはサンゴ礁科学が、陸においては建築学や文化人類学のような領域において個別の既往研究はあるが、本来はひとつながりである海と陸地の両側を横断するような視点の研究は少ない。本研究の独創性は、サンゴ礁科学と建築学の研究者及び学生が共同で調査・議論をし、さらにそれを住民に開いていくことで、海と陸を一体的に捉えながら、人と自然が共生する未来について模索するところにある。
研究の主軸は喜界島における暮らし方の調査である。
暮らし方の調査で主に行なったものは以下の3つである。
1)基本的な民家の形式の研究
2)農業体験
3)写真収集調査による昔の島の暮らしの分析
1)では空き家バンクに登録されている喜界島の標準的な住居の3Dスキャンと実測調査をいくつかの集落を横断的に行なった。これらを通して昨年度の研究に積み重ねて喜界島の民家形式の分析を進める。
2)では予備調査ではゴマ農家の草刈り、本調査ではサトウキビ農家で収穫を体験した。喜界島の代表的な産業であるゴマ農家とサトウキビ農家の体験を通して集落と農地の関係などについて分析・考察する。
3)ではフォトファウンディングの手法を参考に、写真を通して島の暮らしを調査した。島の住民からアルバムや写真を見せていただきインタビューするという方法である。写真をもとに引き出された語りを軸にグループ分けし、風景のみの写真は地図情報とも結びつけて島の暮らしの変遷を辿る。
またそれらの研究を踏まえ、喜界島における基本的な民家の形式を踏襲しつつ展開していく建築の検討をワークショップ形式で行った。専門家でなくとも参加できる簡易な形式で行うことで子供から大人を含めた島の住民と検討を行った。
このような共同実践の研究には、建築学とサンゴ礁科学の専門家や学生、地元の住民が協力し、異なる専門分野の知識と視点を融合させることが重要である。海と陸地の一体的な捉え方や人と自然の共生を追求しながら、喜界島の未来について模索し、持続可能な社会の構築に向けた貴重な成果を生み出すことを目指し、研究を続けている。
方法
【研究手法】─2022年の成果を踏まえた2023年の目標を見据えて
2022年、私たちは全国から「建築に興味のある学生」を公募し、計12名の調査メンバーによって「喜界島建築フィールドワーク」を敢行した。喜界島全体の模型化・ヒアリング・民家実測・図面化等の作業によって、建築学×サンゴ礁科学×喜界町住民による議論の場をつくりあげ、地質学的分野の情報と、その上に住んでいる人々の生活様式や建築様式の関係性をまとめ、考察した。
1)2023年は、2022年に作成した模型や図面を生かしながら、より詳細な集落の模型製作、前回入り込めなかった他の集落の調査、または新型コロナウィルスの影響で積極的には実施できなかった住民へのヒアリングを増やし、より喜界町の生活に密接に関わる部分まで調査を進める。
2)目標としては、2022年では島全体の俯瞰的な状況を建築学・地質学の両側面から調べることができたのに対し、2023年では個々の集落単位での細かい調査を経て、各々の集落を相対的に評価し、それらの多様性が地質とどう関係しているかを調べる。
1)に関して、写真収集調査を通じて住民へのヒアリングを行うことができた。また、予備全体調査という形で前回調査できなかった集落の調査を全体的に行なった。
2)に関して、前回入り込めなかった集落を幾つか調査できたものの、各々の集落を相対的に評価することもできなかった。
上記のような建築学的アプローチに加えて、喜界島の民家の実測、農業体験などを行い、喜界島の方々の暮らしを様々な分野から明らかにすることを試みた。
【実施スケジュール】
本研究は、私たち共同研究者に加えて、インターンシップとして募集する建築学生と、喜界島サンゴ礁科学研究所に滞在する研究者及び学生の共同によって行われる。
なお、2022年に公募した学生メンバーの一部は引き続き次回の調査に関わるため、本審査の結果が出る次期、または学生メンバーの公募の決定時期に関わらず、現段階から継続して作業を進める予定である。
2023年6月:学生インターンシップの募集・決定
フィールドワーク及びワークショップの計画
2023年7-8月:研究者と学生によるオンライン共同ゼミ
フィールドワーク及びワークショップの計画
地図・ダイアグラム・模型表現の調査及び検討
サンゴ礁科学の既往研究調査
2023年9月:喜界島サンゴ礁科学研究所に滞在(5日間)
集落の実測調査・住民のインタビュー及び記録
2023年10-1月:調査のまとめ / 地図・ダイアグラム等の資料作成 / 写真・映像の編集 / 報告書の作成
2024年2-3月:喜界島サンゴ礁科学研究所に滞在(10日間)
集落の実測調査・写真収集調査、住民のインタビュー及び記録
模型製作ワークショップ実施、記録
結論・考察
【喜界島における暮らし方の調査による成果】
暮らし方の調査で主に行なったものは以下の3つである。
1)基本的な民家の形式の研究
2)農業体験
3)写真収集調査による昔の島の暮らしの分析
1)では5集落、7民家の3Dスキャンおよび実測調査を行い、基本的な喜界島の民家の形式をいくつかのパターンに分類し、民家の配置構成を明らかにした。
2)では喜界島には主に3つの農家のスケールに分類した。
①専業農家の方が営む10反以上の農地
②兼業農家の方が営む農地
③「あたり」と呼ばれる自分たちで食べる作物を生産する約1反の農地
の3つである。それぞれのスケールで育てられる作物も様々であり、規模が大きくなるにつれて作物の種類が減っていく傾向がある。
実際に現地に行き様々な農作業を体験したことで、農地の風景が1年の中で変化し続ける動的な風景であり喜界島における時間軸の一つであると感じた。
3)では10人の町民の方々にインタビューをし、約1400枚の写真を集めた。その後、スキャンしたデータの切り取り作業を行い、写真を仕分けるために大きな指標をつくった。具体的には以下の18項目に分けられた。
①旅行②空港③島育ち④職場⑤結婚式⑥葬式⑦祭り⑧結婚式⑨食べもの⑩農業⑪風景⑫家族⑬遊び⑭建物⑮馬⑯運動会⑰敬老会⑱集合写真
上記のグループ分けから、喜界島の文化に関する考察を深めた。
【模型制作ワークショップによる成果】
模型製作ワークショップには、喜界島の島民が多く参加し、石垣や民家の模型製作を行った。上記を踏まえた基本的な喜界島の民家の形式を踏まえつつ、島民とともに配置の検討などを行うことで研究の成果を開きつつ今後の喜界島における建築の展開を検討する手がかりとした。
【次年度以降の展望】
次年度以降では、これまでの調査を継続し集落の分析を続けるとともに喜界島全体の計画を行いたい。
また、集落単位でのフィールドワーク・模型制作を通じ、より小さいスケールで個々の集落を調べていきたい。加えて、高倉や石垣等の島特有の建築的な様式にも着目し、より詳細に分析していきたい。
英文要約
研究題目
Study on Settlements and Coral Reef Formation in Kikai Island, Amami Islands
Collaborative Practice of Architecture and Coral Reef Science with a Focus on Fieldwork and Model Making
申請者(代表研究者)氏名・所属機関及び職名
Tsuyoshi Watanabe, Lecturer
Department of Earth and Planetary Sciences, Earth and Planetary System Science ,Hokkaido University
本文
Kikai Island is a unique geological island formed by the uplift of coral reefs on the seabed. However, it is facing problems such as coral degradation due to global warming and decline due to population decrease. The Kikai Island Coral Reef Research Institute has been established to address these issues from both the perspectives of the sea and land. In this study, we explore sustainable village and coastal design methods that promote coexistence between the sea and land. Through fieldwork, we investigate the geological features of the entire island and the spatial arrangement of villages. We also conduct on-site measurements and interviews of old houses. This innovative research integrates the perspectives of the sea and land, emphasizing collaboration between researchers and residents through workshops. The creation of an island model and on-site measurements of old houses have revealed various elements such as the distribution of villages, forests, and fields.