研究報告要約
調査研究
5-108
植木 啓子
目的
国内外問わず、美術館において「デザイン」がその収集・保存、研究や展示対象とされるケースは少なくない。美術館は、その機能そのものによって、デザイン活動から生み出されたモノを「アート(美術)」と同等・同列、つまり芸術的価値を有するものとして扱う。来館者の鑑賞に供されるデザイン「作品」は、造形やその新規性・独創性が前面に押し出され、作家性や表現の成果として提示されることになるが、そこではデザイン活動の目的、つまり社会や日常生活にかかる問題の解決や潜在的問題の発掘、より豊かな、または便利な生活の実現と普及、情報伝達や商品・サービス販売の促進という経済活動について評価されることはない。美術館におけるデザインの提示は「デザイン」の意味や意義に一種のダブルスタンダードをもたらすと批判的に評価できるが、この傾向は、美術館のみならず、戦後、各種デザイン職能団体の活動やデザイン賞の制度、他商品・サービスとの差別化を求めるクライアント、さらにはデザインジャーナリズムによって継続的に補強されてきたものであり、その結果、デザイン分野のおける活動領域の拡張、他の分野との連携や創造性の発展を促してきたことも、デザイン活動にかかる重要な一面であるだろう。現在「デザイン」は、設計や機能の実現を超えて、一般的にも一つの付加価値を意味する言葉としても使用されている。
本研究は、このデザインに対する一般的な理解が「アートとデザインの境界」を問うことを可能にしていると考え、その問いを活用して、美術館の主要な活動のひとつである展覧会において、その従来的な目的や方法に新たな可能性を加える試みを実施するものである。
美術館の展覧会は、従来的に、そしておそらく将来的にも、成果の発表の場である。この成果の表現が、展覧会のナラティヴ(物語)であり、それは展示作品によって構成される。美術館が紡ぐナラティヴはひとつの主張でもあるが、観覧者に誤解なく受容してもらえるよう明確に提示されたり、後景に引かれ作品や作者への理解を促すための補助とされたり、または、極力その存在感が抑えられ観覧者の理解を自然にある方向へといざなうガイドとされたり、実にさまざまであるが、企画展であろうがコレクション展示であろうが、それは美術館の機能、あるいは責務のようなものとして、慣例的に必要とされてきた。言い換えれば、完成された物語を提供することが美術館の役割であり、試行錯誤の途中段階や、そこに供される素材をそのままの状態で展覧会に持ち込むことは望ましいことではないだろう。しかしその上で、本研究においては、展覧会のラボ化、つまり展覧会が新たな研究や試行の「成果」の発表の場ではなく、「プロセス」の場として活性化しえるかとの課題に取り組むこととした。この場において活用するのは前述の「アートとデザインの境界とは何か」という問いである。
展示作品はナラティブを構成せず、「アートとデザインの境界とは何か」という問いの対象として提示される。そして、問いに対して観覧者からの回答は求めるものの、主眼が置かれるのは「正解」ではなく問いへの参加であり、回答の内容ではなく回答という行為の発生である。以上から、このラボでの実験は二重のものとなる。つまり、ひとつにナラティヴという美術館にとって一定の答えの提示という従来的な機能の保留することによって、そしてふたつに観覧者による答えの内容より観覧者による「答える」という行為に注目することによって、展覧会が機能し、美術館体験として鑑賞者が受け入れられるものかを検証する。
内容
本研究の場となった展覧会の成果概要は以下のとおりであり、それに続き、内容と方法を併せて報告する。
【展覧会名】
大阪中之島美術館開館1周年記念展「デザインに恋したアート・アートに嫉妬したデザイン」
【会期】2023年4月15日(土)~ 6月18日(日)57日間
【会場】大阪中之島美術館 4階展示室
【主催】大阪中之島美術館、読売新聞社
【協力】公益財団法人日本デザイン振興会、Panoramatiks、BYTHREE、株式会社伏見工芸
【出展作品】111点
【出展作品例】
柳宗理|スツール No.521《バタフライスツール》|1954年|成形合板
亀倉雄策|ニコンカメラ|1957年|シルクスクリーン、紙
田中一光|第8回産経観世能|1961年|セリグラフ、紙
高松次郎|紐(黒 No.1)|1962年|ミクストメディア
赤瀬川原平|風|1963年|扇風機、紙、紐
横尾忠則|腰巻お仙 劇団状況劇場|1966年|シルクスクリーン、紙
石岡瑛子|地獄の黙示録|1979年|オフセット、紙
日比野克彦|PRESENT AIRPLANE|1982年|ミクストメディア
倉俣史朗|ミス・ブランチ|1988年|アクリル・造花・アルミニウム
宮島達男|Time in Blue No.16|1996年|青色LED、他
【入場者数】31,785人
【質問と回答のシステム】
検討すべき最初の課題は、どのような方法で観覧者に質問し、その答えを収集するか。そして、収集した答えをどのように集計し、それを観覧者にフィードバックするかにある。まず質問については、当初より「これはデザインか、アートか。そしてそれはどのくらいデザインで、どのくらいアートか」という点に絞った。これは、今回の試みの意図を明確にするためであり、したがって、質問を複数にしたり、観覧者の自由な意見を求めたりすることは意図的に実施していない。
集計とフィードバックを限られた費用と時間のなかでどのように実現するか。この点の議論が重要であるのは、集計とフィードバックの方法が、質問の方法を規定することになるからである。集計に相当の労力と時間(つまり費用)を要するアナログ的な手法、「紙の上に回答を記入する」は、早々に検討から外れた。言うまでもなく、フィードバックは早ければ早い方が、観覧の新鮮な記憶とともに確認できる。美術館の公式サイトを活用して集計結果を随時紹介することは検討されたものの、どのくらいの観覧者が展覧会会場を離れた後に展覧会への関心を持ち続けるかについては、常に大きな疑問として残ったため、回答から集計、フィードバックまで、一貫したシステムのなかで、展覧会会場において完結させることが、より精度の高い検証結果につながるとの結論となった。
方法
(研究の内容から続く)
システムの詳細は以下のとおりである。
① 回答:展示された作品の横にタブレット端末を設置し、端末上に示されたゲージを左右にスライドすることで、デザインとアートの割合を測るように回答する。ゲージの左端が100%デザイン、右端が100%アート、中央がデザイン50%・アート50%の回答となり、観覧者の考える割合の位置で決定ボタンを押す。端末は1~6作品毎にひとつ、ゲージは作品と同数用意し、すべての作品(111点)について「これはデザインかアートか」と答えることを可能にする。
② 集計:端末に入力された回答はリアルタイムで集計される。
③ 集計された回答は映像化されて、展覧会の最後のセクションで観覧者に提供される。映像は回答を反映して1時間毎に更新される。
このシステム組成を核に、ユーザーインターフェイス、タブレット端末の数や設置方法、集計映像など、詳細のデザインが進められた。さらに、この映像による回答集計の共有とは別に、ひとりひとりの観覧者の答えを、その観覧者自身に持ち帰ってもらうとの意図から、展示作品リストを兼ねた回答記入ハンドアウトを携帯用鉛筆とともに、すべての観覧者に配布した。
【動線設計】
通常、展覧会の観覧者動線の設計は、大きく分けて、強制動線と自由動線に分類される。強制動線とは、観覧者が展覧会の計画通りの順番で作品鑑賞を進める単一ルートの設定であり、一方、自由動線とは、観覧者が自由に作品鑑賞のルートを選べる規定順路のない動線設計である。本研究の展覧会において、展示作品をつないで構成されるナラティヴは存在しないし、鑑賞の順番設定もない。展示作品は制作年による時系列で機械的に連番が振られているのみであるため、空間構成上許容される限り、自由動線となるよう動線設計を行った。
【展示作品の選定】
観覧者回答を展覧会構成の核に置き、美術館による従来的な判断機能の保留を試みるなかでも、美術館による主体的な判断を避けることができないのが、展示作品の選定である。この点において、美術館は判断を保留する中立者となることはできない。実際、展覧会開幕直後から、この作品選定に関する問い合わせの頻度は高かった。本研究の目的から考えれば、展示作品は「なんでもよい」ものの、慎重に検討すべき点はある。本研究の問いは「デザインとアートの境界とは何か」であって、その問いが「芸術とみなされる作品」を前にして「芸術とは何だろうか」という思考につながることはあっても、「これは芸術か、芸術ではないか」との問いではない。「これは芸術か、芸術ではないか」との問いが発生するような状況は、「アートとデザインの境界とは何か」という問いを無効にしてしまう可能性がある。つまり、芸術という同じ価値フィールドにあるからこそ、アートとデザインの境界を問うことができるのであって、そのフィールドにないものに境界はない。この点に留意しながら、大阪中之島美術館がすでに相応の収集理由をもって収蔵にいたったコレクションを最大限に活用し、大阪中之島美術館のコレクションに欠けている時代の作品については、関西、東海、関東の美術・博物館や大学、そして企業や個人に出品協力を仰ぎ、111点の展示作品の選定となった。
結論・考察
本研究は、当初その実施によって、「アートとデザインの境界」について人々がどのように認識しているのか調査し、アートとデザインについての一般的な理解の像を結んだ上で、その傾向について分析することを目的としていた。しかし、展覧会企画の諸段階における検討や論点の整理、何より本研究の成果が小さいながらも今後のデザイン研究や美術館という社会機能の発展にどのように寄与できるのかを再考した結果、前述のとおり、重視すべきは収集した回答の内容とその分析ではなく、回答という行為をめぐって観覧者がどのようにそれを受け止めるのかであるとの判断にいたった。展覧会における体験を、美術館自体が積極的に、受動的な鑑賞から能動的な参加とその共有への移行を図った場合、観覧者はそれを受け入れ、楽しい体験としてそれを共有するまで参加を継続してくれるだろうか。検証すべきは何よりもこの点にある。その結果は以下の通りとなる。
本展覧会は会期57日間を設け、総入場者数2万6000人をめざしてスタートした。大阪中之島美術館では近隣同規模の美術館の実績を参照し、現代美術やデザインをテーマにした展覧会の場合、入場者2万人がひとつの目安となっている。この目安を一段階上げて、目標とした。本展開幕から、目に見えて若者層(20代から30代前半)が観覧者の大部分を占め、タブレット端末への回答入力もハンドアウトへの回答記入も、実施率は極めて高く推移した。会期を追うごとに、SNS上では本展に関する投稿件数が増え、特に展覧会への参加やアートとデザインを考えることに自覚的なコメントが多く見られた。最終的には入場者は3万2000人近くに上り、予想も目標も大きく上回る結果となった。
観覧者の反応は、個々の展示作品よりも、問いに答えるという試みに向かう傾向が認められた。このことは、本研究の試みが現実的に繰り返すことが可能であることを示している。観覧者の目的が展覧会への参加であり、特定の展示作品の鑑賞に置かれないのであれば、展覧会は場所を変えて、その場所で手配できる作品を展示することによって開催することがかなう。さまざまな地域の美術館でその地域に特徴的なコレクションを活用することもできよう。変化する展示作品に、あらたな参加者=観覧者が加わることによって、また異なる回答が集積されていくかもしれない。
すべてのデザイン活動において、現在の成果や結果は最終的な着地点ではなく、未来に開いている。同様に、展覧会としての本研究は、常にプロセスとして、または内容を変化させることができる骨格として存在するものであり、その時点と地点での回答という成果を得ながら、その先に続いていく可能性を内包している。展覧会という場、コレクションの活用と観覧者との関係を含めて、美術館は扉を開くだけではなく、その活動そのものを開いていくことが、その未来を拓き、その存在意義を拡張していくことになろう。揺らぐ芸術という価値を抱えながらも、新しい価値 —「考えること」の価値を生み出していく道も延びている。
英文要約
研究題目
How people see the difference between art and design: an attmpt for art museums
申請者(代表研究者)氏名・所属機関及び職名
Keiko Ueki
Chief Curator (Design)
Nakanoshima Museum of Art, Osaka
本文
In the contemporary society, “Design” has a stable, even if not extended, position in art museums worldwide for collection, preservation, research, and exhibition. And with its very function, art museums treat design objects as equivalent as “art,” as having artistic value. The design “works” are presented as a result of artistic expression, with the form, novelty, and originality brought to the fore. However, the purpose of the design activities such as solving problems in society and daily life, discovering potential problems, realizing a more rich or convenient life, conveying information and promoting sales of products and services, is not questioned there. The presentation of design in art museums can be critically evaluated as bringing about a kind of double standard in the meaning and significance of “design.” However, this tendency is not limited to art museums. It has also been seen in the activities of various professional design organizations, the design award systems, design journalism, and private companies seeking differentiation from other products and services. As a result, it has promoted development of design activities and collaboration with other fields, which is also an important aspect of design activities.
This research believes that this general understanding of design makes it possible to question the “boundary between art and design,” and utilizes this question to create exhibitions, which are one of the art museum’s main activities.
Museum exhibitions have traditionally been, and perhaps will continue to be, a forum for the presentation of results. The expression of this result is the exhibition’s narrative, which is composed of the exhibited works. In this research, however, we have tackled the issue of exhibitions as laboratories, that is, whether an exhibition can be activated as a place for a “process” rather than a place for presenting the “results” through the question of “what is the boundary between art and design?” Although the viewers are asked to respond to the question, our focus is not on the content of their answers but on their participation in the question. Suspending the traditional function of presenting narratives, we have attempted to verify whether viewers accept the active participation, which was essential to form the exhibition, as an art museum experience.