研究報告要約
調査研究
5-111
小菅 瑠香
目的
1) 本研究のテーマ
1980年代にロナルド・メイスらが提唱したユニバーサルデザインの考え方は、広く世界中に受け入れられてきた。それらはわが国の公共建築において、ユーザーが「その場にたどり着いた」際に「使いたいものを選べる」という意味で、主に採用されているようにも見える(駅の階段・エレベーター・エスカレーターの設置/サインにおける複数言語やアイコンの併用など)。
一方で車いす利用者の外出時の様子を見ると、ラッシュアワーの混雑で駅の使用が出来なかったり、バリアフリー情報を事前に確認する術がなかったり、視線の高さや家具配置によってサインやランドマークが見えなかったりなど、そもそも設備を選ぶ以前にエラーが発生しているケースが少なからずある。
現在の都市社会は形の上でユニバーサルデザインと謳っていても、利用者の使用プロセス全体でみた場合には、実際ユニバーサルにアクセスできてないことが多く、しかも健常者はその事実に気づいていないのではないか、という問いが本研究のテーマである。なお、研究代表者は大学の研究室を主宰しており、本研究の着想は当研究室に在籍する車いす利用者の学生と一緒に各地で様々なフィールドサーヴェイを行う中で得たものである。
2) 研究の目的
本研究では公共の施設を使用する車いす利用者の行動を、移動前の準備段階から公共交通機関、実際の建築内部での動きまで追跡して調査し、そのプロセスを把握して指針として整理することを目的とする。また調査結果から、建築や社会のアクセシビリティに対するデザイン的解決の提案を行う。
3) 研究の意義
健常者が気づきにくい様々なバリアを抽出し、公共施設のアクセシビリティの向上に寄与できる点で、本研究は意義深いと考えられる。また公共施設設計について、建築側からではなく利用者の行動の側からユニバーサルデザイン的アプローチを試みる点は本研究の大きな特色であり、これまでのデザインガイドラインが特定の場面を切り取った提案であるのに対し、外出行動を一連の流れとして捉えて解析を行う点は本研究の独創性である。
内容
1) 研究の構成
車いす利用者の外出行動にともなう都市社会のアクセシビリティの現状を知るには、地域や施設の体制や考え方、実際に現地へ行くまでのプロセス(公共交通機関)、そして現地での行動(今回は商店街店舗)などを知る必要がある。
そのため本研究では、① 国内外の公共施設や団体へのアクセシビリティデザインのヒアリング調査、② 車いす利用者の公共交通機関に対するアクセシビリティ調査、③ 車いす利用者の商店街店舗に対するアクセシビリティ調査の3つを実施した。
特に①の国外事例については、社会福祉国家ともいわれるデンマークにて、コペンハーゲン・オーフスの2地域で、身体障害者の都市社会へのアクセシビリティについて、ヒアリング及び見学調査を実施した。
2) 実施の体制
本研究は研究代表者が中心となり、研究協力者とともに実施した。具体的には以下の体制で全調査を行った。
研究代表者 小菅 瑠香 (芝浦工業大学大学院 教授 博士(工学))
研究協力者1 (芝浦工業大学大学院建築学専攻 修士1年)
研究協力者2 (芝浦工業大学大学院建築学専攻 修士1年)
研究協力者3 (福祉機器工学 博士(工学))
研究代表者は計画から調査実施・分析まですべての作業の統括を行い、研究協力者1・2の2名は具体的な調査計画の立案と実行、分析を行った。研究協力者3は福祉機器の面から研究への助言を行うとともに、デンマークのヒアリング及び見学調査においては現地の関係者との情報交換を担当した。
またこの他、デンマークの現地調査においては介護職員1名に同行してもらい、車いす利用者の行動支援および研究補助の面で協力を得た。
3) スケジュール
本研究は前述の3つの調査を中心に構成され、以下のようなスケジュールで実施した。研究の一部はさらなるデータを集めて2024年度下半期のイベントによる意見交換会をもって成果をまとめる予定であるが、本助成を受けた調査研究部分は2023年度末で終了している。
調査① 国内外の公共施設や団体へのアクセシビリティデザインのヒアリング調査
・国内の施設や団体へのヒアリング調査 随時実施
・デンマークの施設や団体へのヒアリング調査 2023/11/5~2023/11/9
調査② 車いす利用者の公共交通機関に対するアクセシビリティ調査
・公共交通機関の試乗調査 デンマークは同上、国内は随時実施
・移動行動シートの作成・回収 2023年~2024年上半期(作業継続中)
調査③ 車いす利用者の商店街店舗に対するアクセシビリティ調査
・新所沢東口駅前商店街調査 2023年7月~12月
・江東区大島中の橋商店街調査 2024年1月23日(追加調査検討中)
・店舗行動シートの作成(作業継続中)
(車いす利用者および関連企業との意見交換会 2024年下半期予定)
方法
前述の3つの各調査の方法は以下のとおりである。
調査① 公共施設や団体へのアクセシビリティデザインのヒアリング調査
1. 国内調査
複数の公共施設で随時、車いす利用者のアクセシビリティについてのヒアリング調査および見学を行い、本研究に際して新しい取り組みの現状を把握した。
2. 国外調査
2024年11月にデンマークのコペンハーゲン他を訪問し、現地にて以下の調査を実施した。
・見学ヒアリング調査
公共施設や団体のアクセシビリティに対する意識や取り組みの情報を得るために、関連組織の見学やヒアリング調査を行った。
・アクセシビリティ記録
街なかの車いすのアクセシビリティの状況を確認するために、旅程のほぼすべての行程において車いすに360°カメラ(Insta360)を取りつけ、移動しながら動画で全方位の撮影記録を行った。
・公共交通機関利用調査(移動行動シート)
車いすで公共交通機関を用いた移動を行うたびに、全行程について移動シートを作成した。
調査② 公共交通機関に対するアクセシビリティ調査
・公共交通機関利用調査(移動行動シート)
デンマークの公共交通機関利用調査と同じく、国内でも車いすで公共交通機関を用いた移動を行うたびに、全行程について移動行動シートを作成した。また随時、カメラ撮影にて状況の記録も行った。
・今後の予定
2024年7月現在、さらに研究協力者以外の状況も知るために、同様のシートの作成を車いす利用者団体に呼びかけている。多くのデータが集まった段階で、公共交通機関を利用する際の車いす利用者のアクセシビリティの不便を整理する。その際にはデンマークで作成した移動シートも参考とする。同年下半期にはこれまでの研究成果を踏まえた車いす利用者および関連企業との意見交換会を実施し、状況改善の可能性の模索や手段の考察を行う。
調査③ 商店街店舗に対するアクセシビリティ調査
医療福祉施設や庁舎、図書館などの公共施設はバリアフリー法などに適合するよう建設されるため、本研究ではより建築的にアクセシビリティの課題が多く、なおかつ生活に密着している商店街の店舗を対象とし、自治体や社会福祉協議会、商店会の協力を得て、以下の調査を実施した。
・ヒアリング調査
新所沢東口駅前商店街、江東区大島中の橋商店街の2つの商店街にて、合計11店舗で車いす利用の客への対応についてヒアリング調査を行った。
・アクセシビリティ記録
店舗利用の状況を確認するために、車いすに360°カメラ(Insta360)を取りつけ、移動しながら動画で全方位の撮影記録を行った。また別の視点でも状況を把握できるために、もう一名の調査員が離れた位置から車いす利用の調査員の行動を撮影した。
・店舗別発生行為調査(店舗行動シート)
訪問した店舗ごとに車いす客の行為とそれに対応する建築的課題や店側の対応をシートにまとめて整理を行った。
・今後の予定
2024年7月現在、さらに調査店舗数を増やすために自治体に依頼を行っている。事例を増やした時点で店舗の種類別に課題の傾向を整理して、店舗が使用できる「合理的配慮」のチェックリストを作成する。同年下半期にはこれまでの研究成果を踏まえた車いす利用者および関連企業との意見交換会を実施し、状況改善の可能性の模索や手段の考察を行う。
結論・考察
1) 調査の結果
本研究調査から、現段階までに以下のようなことが確認できた。
① 公共施設や団体へのアクセシビリティデザインのヒアリング調査
日本国内およびデンマークの関連団体へのヒアリングを行った。特にデンマークで見学した、街なかの自転車専用レーン(チャイルドシート付自転車なども普及)、電車の一両目に大きなロゴマークとともに設置された専用車両、バスに設置された自動スロープ、石畳に敷設された車輪用のペイブメントなどは、車いすに限らず様々な利用者の存在を考えて国や自治体が整備した都市環境であり、個々人のバリアフリー努力の積み重ね以上に多様な人々の社会参加に大きな効果が期待できる。また最新の福祉機器を市民や専門化に普及させる手助けをしているオーフス市のDokkXの取り組みは、福祉機器産業をニッチな存在にしない意義深い自治体の活動であった。障害者の都市社会へのアクセシビリティの向上には、組織的な社会基盤の整備が不可欠であることが示唆された。
② 車いす利用者の公共交通機関に対するアクセシビリティ調査
車いす利用者の外出移動行動を国内外の移動に際して360°カメラで記録し、公共交通機関の利用に対する課題を整理した。乗り物の種類や駅の構成、国の文化などによって対応の実態は様々であり、また現場では対応に慣れていない職員も多い。一口に車いす利用者といっても身体能力や車いすの性能によって様々な状況の違いがあり、車いす対応の可・不可のみでなく「車いすではどのように乗降するのか、使用するのか」などの案内が事前に利用者に提供されると安心である。
また作成した複数の移動行動シートの分析から、健常者と比較した場合、車いす利用者には外出移動行動に伴なって、①時間的ロス、②距離的ロス、③金銭的ロス、④精神的ロス、の4つのロスが存在していると考えられた。
③ 車いす利用者の商店街店舗に対するアクセシビリティ調査
令和6年4月から合理的配慮の提供が事業者にも義務化され、一般的な商店街の店舗でも対応するにはどのようにしたらよいのか、関心が高まっている。本研究では商店街の複数の店舗にて、車いす利用者の購買や飲食などの一連の行動を記録し、対応が必要なシーンを抽出してデータシートに整理した。その結果、建築(ハード)を改修しなくても、店員(ソフト)の対応でアクセシビリティが高められる事例が多く見られる中で、「車いす利用者の来店に店員がいち早く気づく」ことが出来る入口まわりの環境整備が必須であることが明らかになった。
2) 考察と今後の展望
車いす利用者の外出行動は、移動行程に存在する数多くのバリアのために、健常者のように不用意で実行することは難しい。あらかじめ使用できるルートを確認しておいても、実際には移動の途中で思わぬアクシデントに見舞われたり、周囲の都合にあわせることで公共交通機関の利用に本来不要な待ち時間が発生したりしている。
本研究では車いす利用者の行動を具に観察することから、外出移動行動や施設利用での課題の洗い出しを行った。公共交通機関の利用において課題が集中するポイント、店舗利用において合理的配慮の提供義務に対応するためのポイントなど、改善を行う余地がどこにあるかという問題を、ある程度クリアに出来たと考えている。
次のステップとして、改善するにはどのようなシステムの構築がありうるか、またそれらの提案の実現可能性などについて、車いす利用者当事者や関連企業と一緒に議論を行い、問題解決に向けた企画の社会実装を目指していく予定である。
英文要約
研究題目
Research on Accessibility Design of Public Facilities and Public Transportation from the Perspective of Wheelchair Users
申請者(代表研究者)氏名・所属機関及び職名
Ruka Kosuge, Ph.D.
Professor/School of Architecture
Shibaura Institute of Technology
本文
To understand the current status of urban social accessibility for wheelchair users, it is essential to examine the systems and practices of local communities and facilities, the process of accessing these locations (public transportation), and the local activities (in this case, shopping district stores).
This study conducted three surveys to address these areas: (1) an interview survey on the accessibility design of public facilities and organizations in Japan and overseas, (2) a survey on the accessibility of public transportation for wheelchair users, and (3) a survey on the accessibility of stores in shopping districts for wheelchair users.
In Survey (1), interviews were conducted with relevant organizations in Japan and Denmark. The findings suggest that the development of an organized social infrastructure is essential for improving accessibility to urban society for people with disabilities.
In Survey (2), issues related to the use of public transportation were identified through the examination of wheelchair users’ travel behavior in Japan and abroad. Analysis of the mobility sheets revealed that wheelchair users experience four types of losses when going out: (1) time loss, (2) distance loss, (3) financial loss, and (4) psychological stress.
Regarding Survey (3), the provision of reasonable accommodation has been mandatory for businesses since April 2024, leading to increased interest in how general stores can comply. In this study, the activities of wheelchair users, such as purchasing, eating, and drinking, were observed at several stores in a shopping arcade. Scenes requiring accommodations were recorded and compiled into a data sheet. It became evident that many accessibility improvements can be achieved by store staff without architectural modifications. However, enhancing the environment around the entrance is crucial so that store staff can promptly recognize the arrival of a wheelchair user.