研究報告要約
国際交流
5-207
大村 理恵子
目的
テーマ
1)アメリカ近代建築の巨匠フランク・ロイド・ライト(1867-1959)による作品と活動の再評価。ライトが日本で実現した作品で竣工から100年を経た帝国ホテル二代目本館(東京、日比谷。博物館明治村に部分保存)を中心とした分析。同時期にライトが手がけた日本国内の他の作品への着目。
2)アメリカ、アジア、ヨーロッパ、ラテンアメリカと、多様な文化との出会いから重要な作品の数々を生み出したライトの創造的活動から指摘される、グローバル・アーキテクトの先駆としての位置づけ。
3)エコロジー、ダイバーシティ(多様性)の包括、さらには都市や社会への提言まで、現代に通じるライトの先取性。
目的
1)帝国ホテルという建築作品において、活動初期の実績とそれまでに構想した様々なテーマが、どのように結実しているかという点に注目する。さらに帝国ホテル以降の作品において大きく展開していくアイデアが、この時点でどのように萌芽しているかについても探る。さらにライトの最大の特徴といえる同時併存性が本作にどのように表れているか考察する。こうしたことにより帝国ホテル二代目本館の作品としての重要性を再評価する。
2)ライトが多様な文化に影響を受け、自身も影響を与えたいくつかの事例を検証し、グローバル・アーキテクトの先駆としての位置付けを明らかにする。とくに日本とのかかわりについては、これまでも評価されてきた浮世絵を中心とした日本美術にとどまらず、質、量、広がりとして稀有なものであったことを明らかにする。戦前の日米文化交流史においてライトの位置づけは特別なものである。そのことへの一般の認識を高める。
3)環境や自然との関わり、先進的な女性活動家たちとの交流や非西洋文化の尊重まで、エコロジーやダイバーシティといった現代的価値観で捉えられるライトの作品と活動の今日的意義を紹介する。
4)ブロードエーカー・シティ構想、リヴィング・シティ構想、マイル・ハイ・イリノイ計画といった、いまだ十分には解明されていない都市や社会、テクノロジーに関するライトの作品と思想を日本に紹介し、その先取性と意義を明らかにする。
5)現代建築にも多くの示唆を与えるライト建築、とくに日本における現存作品への再評価を高め、ライトの建築文化の継承に寄与することを目的とする。
内容
内容
この国際交流事業は、「帝国ホテル二代目本館100周年 フランク・ロイド・ライト 世界を結ぶ建築」国内巡回展(2023年10月21日(土)~12月24日(日)豊田市美術館|2024年 1月11日(木)~ 3月10日(日)パナソニック汐留美術館|2024年 3月20日(水・祝)~2024年5月12日(日)青森県立美術館)の開幕に際して、監修者である建築史家ケン・タダシ・オオシマ氏(ワシントン大学建築学科教授)をアメリカから招聘し実施した開幕記念講演会である。また共同キュレーションのメンバーで、特別アドヴァイザーであるジェニファー・グレイ(フランク・ロイド・ライト財団副代表、タリアセン・インスティテュート・ディレクター)も来日し出講した。2023年10月21日に豊田市美術館の講堂で開催した講演会ではアメリカにおける最新のライト研究に基づきお話し頂き、会場からは多くの質問も寄せられ、ライトの建築デザインと制作について活発な意見交換が行われた。さらにオオシマ氏の講演の内容を若干更新してスタジオで収録を行ない、2024年1月15日―22日および2月19日―26日にはパナソニック汐留美術館からオンライン講演会として発信した。
本国際交流事業は展覧会準備のための調査研究に基づいており、研究のポイントは2点ある。
一つ目は帝国ホテル二代目本館の分析である。帝国ホテルは国際的でライト最大規模の仕事であるが、アメリカではやや過小評価されがちであった。今回、そのグローバルな性格、水平性と垂直性、ミクロとマクロのスケールを橋渡しするテキスタイル・ブロックのダイナミクスの応用、ライト精神の継承という観点からあらたに作品分析を行った。その結果、初期作品の総括というだけではなく、その後の作品の展開のきっかけにもなっていることを明らかにした。
二つ目はグローバル・アーキテクトの先駆としての位置づけである。ランドスケープデザインと庭園デザインに見るグローバル、教育に見るグローバル、活動と影響範囲のグローバルについてそれぞれ分析した。とくに近代の進歩主義教育との関わりは先進的な女性活動家たちとの交流に啓発されたものであることを明らかにした。
意義
1) トランスナショナルな視点から建築史研究にとりくんでいるケン・タダシ・オオシマ氏および、近代社会と建築の関係に関する研究を専門とするジェニファー・グレイ氏と連携して日米共同キュレーションを行ない、アメリカにおけるライト研究の最新の知見を紹介し、日本におけるフランク・ロイド・ライト研究を更新した。
2) オンライン会議やデータ・ストレージ、画像・文献の電子図書館といった、コロナ禍以降に急速に発展しつつあるインフォメーション&コミュニケーション・テクノロジーを駆使することにより、新しい調査方法と企画推進方法を実践した。これにより、2012年にアリゾナ州のフランク・ロイド・ライト財団から移管された、コロンビア大学エイヴリー建築美術図書館およびニューヨーク近代美術館のフランク・ロイド・ライト財団アーカイヴズを十分に活用した展覧会企画を実現し、そこから発展した交流事業を展開することができた。
3) 日本のフランク・ロイド・ライト研究の促進に寄与した。今回の企画研究をきっかけに日本のライト研究に一般の注目が高まり、あらたな研究の機会を創出することで、日本における今後の研究者の育成に貢献したといえよう。このことはライトのアーカイヴが公的な文化機関に移管されてから、研究者層の若返りとダイバーシティ化が進んでいるアメリカの状況とも軌を一にしている。
方法
本国際交流事業である開幕記念講演会は、まず、巡回展第1会場である豊田市美術館の講堂で実施し、続いてパナソニック汐留美術館の発信で、日本語の逐次通訳入りでオンラインで実施し、海外からのアクセス含め16,465回の視聴回数(ユニーク・ユーザー1.2万人)を得ることができた。
また本国際交流事業の基となっている調査研究については、建築作品やアーカイヴァル資料の実物を調査するいままでの方法以外に、コロナ禍による自粛期間に重なったこともあり、国際オンライン打ち合わせを多用するなどした他、以下のような特徴的な方法をとった。
1)フランク・ロイド・ライト財団アーカイヴズ(コロンビア大学エイヴリー建築美術図書館)のデータベースは現在構築中である。さらに住宅作品のドローイングについては高解像度撮影が進行中のため利用のモラトリアム期間にあたるといった制限もあった。そのため低解像度画像の一括管理を委託されているARTSTORを参照して出品作品の選定を進めた。
2)アメリカでもコロナ禍による入構制限が長期期間続いたが、企画メンバーであるジェニファー・グレイが同校出身であり、2022年春には同校の非常勤講師をしていたことから入室許可を得て、アーカイヴでドローイングの調査を実施した。その成果を共有しオンラインで出品作品の検討を進めた。
3)フランク・ロイド・ライト財団アーカイヴズのPersonal and Taliesin Fellowship Photographs circa 1870s-2004(ライト個人およびタリアセン・フェローシップに関する1870年代から2004年に撮影された写真のアーカイヴズ)についてアーキヴィストの協力を得て調査を進め、全10,700点にもおよぶ写真資料からライト自身が撮影した旅に関する写真のほか、彼が収集した大量の写真や絵葉書なども確認した。
4)文献調査はライト自身の著作はじめ主要な著作や先行研究書、論文を参照した。そのなかでも特に、近年普及した有料登録のオンライン電子図書館JSTORを活用し、海外の最新の研究論文にもアクセスした。
5)ライトが日本に滞在中に作らせ建築家の武田五一に贈ったとされる帝国ホテル、ユニティテンプル、劇場計画案の石膏模型については所蔵先の京都大学で実物を調査した。しかし、100年前のもので帝国ホテル模型は経年変化も進んでいるため、京都工芸繊維大学のKYOTO Design Labの協力を得て3D計測とフォトグラメトリ撮影を京都大学で行ない、3Dプリントで90%縮小のレプリカを作成し、展示と研究に用いた。
6)ヨーロッパの資料アーカイヴにもアクセスし、高解像度画像を取り寄せてライトのグローバルな交流に関する調査を行なった。主要な協力先は、スウェーデン国立図書館、アルヴァ・アアルト美術館(フィンランド)、ヘット・スヒップ博物館(オランダ)、マシエリ財団ヘリテージ資産管理・ギャラリー・ネグロポンテ(イタリア)。
結論・考察
本国際交流事業である開幕記念講演会は、展覧会と連動して実施されたものである。展覧会は、アメリカ近代建築の巨匠フランク・ロイド・ライトの日本では四半世紀ぶりとなる回顧展で、学芸幹事館であるパナソニック汐留美術館の他、豊田市美術館、青森県立美術館を会場として、2023年10月21日から2024年5月12日まで開催し、合計10万人弱の方々にご来場いただいた。ライトはアメリカ史上最も偉大な建築家と称される一方、日本にも作品ののこる日本とゆかりの深い建築家でもある。本展はケン・タダシ・オオシマ氏(ワシントン大学建築学科教授)とジェニファー・グレイ氏(フランク・ロイド・ライト財団副代表、タリアセン・インスティテュート・ディレクター)を迎えて日米共同でキュレーションを行なった。竣工100年周年となる帝国ホテル二代目本館を核とし、グローバル・アーキテクトの先駆として現代の視点から七つの切り口によってライトを再評価した。これは、コロンビア大学エイヴリー建築美術図書館で近年大きな成果をあげつつあるアーカイヴの調査研究に基づく。それにより、フランク・ロイド・ライト旧蔵の建築ドローイングの数々を、初めて日本で展示することができた。加えて日本国内に現存するライトの建築デザインに関する資料や、ライトが愛好した日本美術に関する作品資料、ライト建築の空間を体験できるユーソニアン住宅の部分原寸模型なども一堂に会した。さらに、本国際交流事業として来日した二人のキュレイターにライト研究の最新の知見をお話しいただき、現代建築にも多くの示唆を与えるライトの建築デザインについて多くの方々に知っていただくことができた。本国際交流事業と展覧会をきっかけとして、未来に向けた取り組みがいくつか始動している。それらはライトに関する研究や、日本におけるライトの建築デザインの継承を推進するものである。ライトと日本との交流から生み出された建築デザインとその価値観の継承に貢献することができたならば幸いである。
英文要約
研究題目
Exhibition and Lecture: Assessing Frank Lloyd Wright as one of the world’s first global architects
and presenting his architectural works and materials in Japan.
申請者(代表研究者)氏名・所属機関及び職名
Rieko Omura, Senior Curator, Panasonic Shiodome Museum of Art
本文
The opening lecture which participated this international exchange grant program was held on the occasion of the first retrospective exhibition of Frank Lloyd Wright in Japan in a quarter of a century, and took place from October 21, 2023, to May 12, 2024, at Toyota Municipal Museum of Art, Panasonic Shiodome Museum of Art (lead museum) and at Aomori Museum of Art. While Wright is considered the greatest architect in American history, he is also an architect with deep ties to Japan, where his works still exist. This exhibition was jointly curated with Ken Tadashi Oshima, Professor of Architecture at the University of Washington, and Jennifer Gray, Vice President and Director of the Taliesin Institute at the Frank Lloyd Wright Foundation. Focusing on the Wright Imperial Hotel, which celebrated its 100th anniversary in 2023, the exhibition assessed Wright’s work from seven contemporary perspectives, highlighting Wright as a pioneering global architect. It is based on research conducted at Columbia University’s Avery Library of Architecture and Art, which has supported significant advances in Wright scholarship in recent years. With their cooperation a number of architectural drawings from the Frank Lloyd Wright Foundation Archive were exhibited in Japan for the first time. In addition to Wright’s drawings, materials related to Wright’s architectural design in Japan, Ukiyo-e, a partial scale model of the Usonian House which allowed visitors to experience Wright’s architectural spaces, were on display. Ken Oshima and Jennifer Gray, who visited Japan for the opening of the exhibition, spoke about the latest research on Wright, and many people were able to learn about Wright’s architectural design, which has many implications for contemporary architecture. As a result of this international exchange program and exhibition, several initiatives were launched for the future. They promote research on Wright and the legacy of Wright’s architectural design in Japan. The exhibition and lecture were opportunities to contribute to the inheritance of the legacy of architectural design and values that resulted from Wright’s interaction with Japan.