研究報告要約
調査研究
6-119
秋田 亮平
目的
本研究は、ポルトランドセメントに代わる固化材としてマグネシアセメントに注目し、土および海水由来のマグネシウムを用いた極薄シェル構造の実現を通じて、自然素材による構造材料の可能性を提示することを目的とする。
近年、地球規模での気候変動対策が急務とされる中、建築分野におけるCO2排出が問題になっている。セメントはコンクリートとして建築物やインフラの基盤を支える不可な材料であるが、建築における環境負荷を低減するうえで、セメントの利用の削減や代替バインダーの開発は避けて通れない課題であり、今後の技術革新と社会的な選択が問われている。
本研究ではセメントに代わる自然素材由来のバインダーとしてマグネシウムに着目しているが、その着想の起点は「土」による構造体の探求にある。
地球上に広く分布する土を用いた建築は、人類史上最も古くから存在する建築技術の一つであり、世界各地で多様な文化的・環境的背景に応じた発展を遂げてきたが、近年では環境意識の高まりとともに、土による建築が再評価されている。日本においても、土は古くから土壁や三和土、版築など、建築に利用されてきた。三和士は土・石灰・にがりなどを混ぜて突き固める工法であるが、このうち「にがり」は、海水から塩を製造する過程で得られる副産物であり、その主成分は塩化マグネシウムである。塩化マグネシウム単体では硬化反応はなく、石灰との反応で固化作用を示すもので、塩化マグネシウム単体での土壌への利用としては凝固点作用による凍結防止材などに活用されている。
土を固化するためのマグネシウムの活用は、塩化マグネシウムの他には酸化マグネシウムも土壌固化材として舗装として利用されている。酸化マグネシウムは土壌中の水分に反応して、水酸化マグネシウムになり、さらに空気中の二酸化炭素と反応して、土粒子同士の接着をもたらしている。土壌固化材としての酸化マグネシウムだけでは、表面舗装やブロックへの活用はできるものの、シェル構造における構造材料としての強度は発生しない。そこで着目したのがマグネシアセメントである。
マグネシアセメントは、酸化マグネシウムと塩化マグネシウムと水とが反応することで、ポルトランドセメントと同様の硬化反応をおこす現象の総称で、その歴史は古く、1800年代後半にフランスで発見され戦後までは日本でも建材としての事例や研究文献が見られ、以前はJISにも記載があったが、1998年にその使命を終えたということで規格は廃止となっている。理由としては、吸水性が高いことや金属を腐食させるなどのデメリットから、殆ど使われることがなくなったことがあげられる。しかしながら、長所としては有機物との接着性が良いことやポルトランドセメントに比較して同じ比重なら強度が高いとされる。さらにはマグネシウムセメントは硬化物でありながら、長時間の炭酸化の過程を経て、安全に自然に還っていく性質や、マグネシウムを含む廃棄物は肥料としても用いることが可能と言われている。これらの特性は、昨今の環境問題へのアプローチから非常に研究意義のある素材であると考えられる。
本研究はマグネシアセメントの素材研究という側面だけでなく、デジタルテクノロジーと手仕事とを横断的に融合しながら、素材特性に即した構法とその造形の可能性を探求することで、マグネシアセメントの可能性と有用性をフルスケールのシェルにより提示することを目指すものである。
内容
本研究ではモックアップの制作を行いながら「材料」「構法」「デザイン」の検討を行い、最終的にフルスケールのシェル構造の制作を行った。
〇材料
マグネシアセメントが、ポルトランドセメントに代わる建築材料としての可能性を有していることを検証するため、マグネシアセメントに土を配合したときの圧縮強度に着目し、配合比率の異なる試験体による圧縮強度試験を実施した。加えて、今後の展開として、現地採取した土によるシェル構造の構築を見据え、複数の種類の土による硬化の検証を行い、その適用可能性の評価を行った。
〇構法
通常、シェル構造の構法においては、曲面形状を忠実に再現するため、型枠の設計・製作が高難度かつ高コストとなる。先行研究では、逆さ吊りにした布にマグネシアセメントを吹き付ける工法を採用することで、型枠を不要とすることに成功したが、フルスケールでの現場では、新しい問題が顕在化した。本年度は、これらの課題に対してモックアップの製作を通じて検証を行い、シェル形状の自由度と最終的な精度の向上を目指し
〇デザイン
先行研究では、大阪万博・70の富士グループパビリオンにおけるジオメトリー生成原理を参照し、円弧状に曲げた単管パイプから長方形の布を吊り下げることで、自然に生じる鞍型曲面をシェルのデザインとして採用した。本研究では、その形態生成プロセスをさらに発展させるべく、コンピューターシミュレーションを用いたジオメトリーの検証を行い、造形の可能性を探求している。
パラメトリックな3Dモデリングによって、デジタル空間上では複雑な形状の設計が可能となる一方で、実現するためには構法的視点が不可である。特に極薄のシェル構造を成立させるためには、構造的に合理な形状であることが求められるため、フォームファインディングの手法を用いて、カテナリーによる「かたち」を導き出すプログラムとした。
〇フルスケールモデルの制作
最終成果物として、フルスケールのシェル構造の制作をで行った。昨年度は場所の関係上、クレーンが使えないため、人力で回転から着地までを行ったが、今年度はクレーンでの作業が可能だったため、クレーンを用いて吊り下げから着地までを行う施工計画とした。
方法
〇材料
・圧力試験
試験体はそれぞれ3本ずつ作成し、1週間後の圧縮強度の検証を行った。昨年度の実績から、配合比率は土(マサ土):酸化マグネシウム:塩化マグネシウム:水=10:2:21.6を基準として、土以外を減らしたときの配合比で検証を行った。
土と酸化マグネシウムと塩化マグネシムを混合したのち水を加え、撹拌機で混ぜ合わせた。
・土の種類による硬化の違い
粘土状の無機質士や有機質士など、6種類の土を用いて硬化測定を行った。本実験では土質を把握するため、現地で採取したものではなく、購入した6種類で実施した。材料の比率は重量比で土:酸化マグネシウム:塩化マグネシウム:水=10:2:2:1.6を基準としたが、土の種類によっては比重が大きく異なり、同じ比率で混合しても明らかに水が足りないことがあったため、土の様子を見ながら水を加える量を調整した。
〇施工
以下の4点の改善を目標にとし、モックアップを作りながら検証を行った。
- かたちのコントロール
開口部に型枠をいれることで、開口部のかたちをコントロールを図った。 - 端部の処理
型枠に布を巻き込み固定したうえで、マグネシアセメントを吹き付け、脱型時に巻き込んだ布をカットし、端部を整えた。
- 回転させる際の破損
型枠とシェルの形状により、回転時の横力に耐えられるようにした。 - 複雑な形の実現
シェルの造形から型紙生成までをプログラム化するとともに、デジタルファブリケーションを活用した。
〇デザイン
Rhinoceros + Grasshopperの物理演算プラグインであるkanngarooを活用し、カテナリーによるフォームファインディングでかたちを生成するとともに、型紙のデータ作成までを行った。
かたちを作るにあたり、以下の2つをポイントとした。
①平面が極力生じないようにする
シェル構造は曲面のジオメトリーにより強度を確保するため、フォームファインディングの過程で自ずと曲面が生成されるようにした。
②跳ね出しがないようにする
開口部の境界面から跳ね出す形になると構造的にも負荷が大きくなる、跳ね出しがないかたちとなるようにした。
〇フルスケールの制作
仮設計画では、クレーン車の利用と単管パイプの数量を減らすため、三角形の頂点に軸受金物を設け、そこにシャフトを通すことでブランコのようなフレームとした。」
吹付による施工は2回に分けて行い、一層目は全体が均等になるように薄めに吹付けることで布面を一度硬化させるとともに、2回目以降の吹付の下地となるようにした。硬化後にシェルを回転する際はロープを用いて人力で行い、着地はクレーンを用いる計画とした。
結論・考察
昨年の課題を踏まえ、材料試験、モックアップによる構法の検討、そしてフォームファインディングによるデザインを通して、最終成果物として完成度の高いシェルを制作することができた。
検討の過程および成果物から得た課題と考察をまとめる
材料特性のさらなる理解
フルスケールのシェルの制作を通して、マグネシアセメントの可能性を示すとともに構造的特性が決第に見えてきた。しかし、試験体による定量的な評価は依然足りないと考えられるため、土とマグネシアセメントの相性や強度の検証は引き続き行っていく。
また、マグネシアセメントの特徴として同じ比率の土を使っても、仕上がりの質感や色味が変わってしまう事があげられる。材料の比率だけでなく、施工方法や養生によっても変わる可能性があるため、検証を行っていきたい。
厚みのコントロール
シェルの小口は型枠により厚さをコントロールできたが、他の場所は吹付の回数と目視でしか確認ができなかったため、場所によってはその差はあり、8mmに満たない箇所もある。また、足元は負荷がかかることを想定し、厚めに吹いているので15mmほどあると考えられる。吹付工法における厚みの確認と施工精度の向上は今後も課題となる。
デザインと拡張の可能性
逆さ吊りと吹付の構法で、さらに大きいシェルを制作するためには、仮設工事のコストが大きくなり、大型のクレーンなどの使用も検討が必要となる。今後、本構法の有用性が確立した際には、そのような大型化の可能性もあるが、研究の段階では難しい。別の拡張の可能性としては、プレキャスト的にユニットを組み立てていく方向がある。今後の課題としては、これらのユニットを構造的に一体化するための接合手法の検討が求められる。
建築へのハードルと今後の展開
土とマグネシウムによる材料が建築材料に該当しないため、実務における建築へのハードルは高い。また、建築としての性能としては、マグネシアセメントは吸水性が高いため防水の検討なども必要になる。
解体後の土壌への還元の検証
マグネシウムセメントは、硬化物でありながら長期間にわたる炭酸化の過程を経て、最終的に自然へと還元される性質を有することが文献には記載されているものの、具体的な実例や経過報告は現時点でほとんど確認されていない。土壌への還元が確認されると、構造物でありながら、時間の経過とともに苔が生え、草が芽吹くことで、建築と自然環境が徐々に一体化し、最終的には自然へと選る。このようなビジョンが実現されるかもしれない。そのためには、幅広い分野を横断する研究として、企業や他の研究機関ともに研究する必要があると考えている。
土は地球の大地を構成するとともに、マグネシウムは海水から産出することが可能である。地球の素材で建築を考えるというは、ものづくりの原初に立ち返るとともに、これからの持続可能性を考える上で非常に重要であると考えている。今後も研究、制作を継続していきたいと考えている。
英文要約
研究題目
Research on construction methods and design of ultra-thin shell structures using soil and magnesium derived from seawater
申請者(代表研究者)氏名・所属機関及び職名
Ryohei Akita
Tokyo University of the Arts, Art Media Center, Project Lecturer
本文
This research focuses on magnesia cement as an alternative solidification material to portland cement, and explores the possibility of ultra-thin shell structures with hardened materials based on seawater and soil (decomposed granite soil) •
Material
Magnesia cement is a general term for a phenomenon in which magnesium oxide, magnesium chloride, and water react to produce a hardening reaction similar to that of portland cement. The advantages of magnesia cement are its good adhesion to organic materials and its higher strength compared to portland cement for the same specific gravity. Furthermore, while magnesia cement is a hardened material, it is considered to have properties such as the ability to safely return to nature through the process of carbonation over a long
period of time, and the waste containing magnesium can also be used as fertilizer.
Making ultra-thin shell
As a final outcome of the research, an ultra-thin shell of only 8 mm or so has been achieved by focusing on the advantages of magnesia cement, namely its material strength and good adhesion to organic materials. In realizing the shell, we repeated various studies and adopted a method of spraying magnesia cement directly onto a suspended cloth and landing the inverted shell after it has hardened.
This research presents new possibilities for architecture with minimal environmental impact by integrating digital technology with overlooked materials and fundamental construction methods.