研究報告要約
調査研究
30-107
堀口 徹
目的
本研究は、著名な建築家が設計した海外の大学における建築学科・建築学部の建物(以下、建築学科棟)を主な研究対象とする。国内外に多数存在する大学の建築学科棟を概観すると、著名な建築家が設計した事例が存在する。有名なものではウォルター・グルピウスによる「バウハウス・デッサウ校舎」、ミース・ファン・デル・ローエによる「イリノイ工科大学クラウンホール」のような近代建築、有名建築家によるものとは言えないがハーバード大学GSDの「ガントホール」のような特徴的な空間構成を持つものもある。現代建築においてもピーター・アイゼンマンによるシンシナティ大学「アロノフセンター」や、アルヴァロ・シザによる「ポルト大学建築学部棟」、ラカトン&ヴァッサルによる「ナント国立高等建築大学棟」のように建築家の思想を良く表現したものや、さらにはレム・コールハース(OMA/AMO)が教育プログラムの立案に協力し、初期のディレクターを務めたと言われるモスクワの「ストレルカ・インスティテュート」のような新しいタイプの学校も挙げられる。
社会やテクノロジーの変化を受け入れながら建築家の職能が時代の要請とともに変化するように、建築家の教育現場である建築教育も進化し続けている。先述の建築家たちが関与した建築学科・学部は、それぞれの時代、あるいは来るべき未来を見据えた建築教育拠点としても知られているが、本研究では建築家が設計した建築学科棟から代表的なものを10~15棟程度選定し、対象となる建築学科棟の空間構成、教育カリキュラムと使われ方、建築プロジェクトとしての実現手法、そして設計者の思想を言説、図面、画像資料、現地調査、関係者へのインタビューにより体系化し、建築教育空間が時代とともにいかなる変容を遂げてきたのか、そして現代における建築教育空間のあり方について知見を得ることをめざす。現代は、社会やテクノロジーの変化、さらには国境を超えた人材やプロジェクトの流動性などの動きをますます加速させており、次世代の建築家の職能の実験場でもある大学の建築学科・建築学部それ自体、さらにはそのプラットフォームとしての建築学科棟も大きな過渡期にある。建築教育空間において時代や地域を超えて変わらないもの、そして時代や地域によって広がる多様性を横断的に把握する視野を獲得することは意義の大きいものと信じている。
内容
本研究では、著名な建築家が設計した海外の建築学科棟を10-15件程度リストアップし、研究対象としている。
(1)バウハウス(Walter Gropius)
(2)イリノイ工科大学クラウンホール(Mies Van Del Rohe)
(3)ヘルシンキ工科大学(Alvar Aalto)
(4)ハーバード(John Andrews)
(5)シンシナティ大学建築学部(Peter Eisenman)
(6)プラット・インスティテュート(Steven Holl)
(7)ミシガン大学タウブマンカレッジ(Preston Scott Cohen)
(8)香港理工大学(Zaha Hadid)
(9)シンガポールテクノロジーデザイン大学/SUTD(UN Studio)
(10)RMIT Design Hub(Sean Godsell)
(11)ナント建築大学(Lacaton & Vassal)
(12)ポルト建築大学(Alvalo Siza)
(13)ストレルカ・インスティテュート(Rem Koolhaas)
(14)SCI-Arc(Unknown)
以上のように近代建築(1)~(4)から現代建築(5)~(12)まで、欧米からアジアまで、さらには新築だけでなく近年に出てきたリノベーション事例(13)と(14)も含めている。
これらの事例のいくつかについて、①モデリングによる空間とアクティビティの再現による分析、②実際の教育カリキュラムの中での使われ方の視察と教員へのインタビューによる現地調査を行った。
上にあげた研究対象の中で、図面収集とモデリングによって空間構成を分析した建築学科棟は6件(6)(7)(10)(11)(13)(14)。(6)(7)は、既存の建築学科棟への増改築。(10)(11)は、新築。(13)(14)は、既存の産業遺構のリノベーションである。現地調査を行なった建築学科棟は(3)(8)(11)(12)(13)である。
方法
本研究の方法は以下の通りである。
①モデリング分析
研究対象14件の中から、新築、増築、リノベーションに満遍なく、偏りが出ないように、比較的近年に竣工したものから建築学科棟6件を選定。モデリングデータ制作には、教育効果も念頭においた資料整理を行うため、ゼミ生(4年生6名)ひとりにつき一棟ずつ担当を割り振って作業を行なった。モデリングには「Rhinoceros」を用いている。
まず、インターネットや文献から対象となる建築学科棟の平面図、断面図、立面図を収集し、そのデータを参照しながら建築学科棟を立体的に把握するために3Dモデリングを行なった。規模の大きな建築学科棟も多数あり、全てをモデリングするのは容易でなかったため、重点的にモデリングする空間を絞り込んだ上で作業を行うべく方針を見直した。
重点モデリング箇所の選定のために、再度、インターネットや文献にあたり、当該建築学科棟で展開される教育カリキュラムの理解、建築家の作品集などから当該建築学科棟の設計主旨の理解を行い、それらを踏まえた空間選定とそのモデリングデータを作成した。
作成されたモデリングデータはアクソメとして出力し、予めインターネットや文献から画像収集、分類された各建築学部棟における教育アクティビティのシーンを反映しながら、点景を追加している。
②現地調査
研究対象14件の中から、「ポルト大学建築学部」、「ナント国立高等建築大学」、「ストレルカ・インスティテュート」、「ヘルシンキ工科大学(現・アアルト大学)」、「香港理工大学」について現地訪問し、建築空間と教育カリキュラムの視察、及び学部長(もしくは特徴的なプログラム担当者)へのインタビューを行った。インタビューに際しては、(a)各建築スクールの各国やグローバルな文脈での位置づけや特徴、(b)建築学科棟整備の経緯、(c)教育カリキュラムとの関わりにおける使い方、(d)それ以外のパブリックに開かれた使い方、(e)周辺の大学や文化施設やプログラムとの連携等について質問をしている。なお、今回現地調査は行っていないが、「南カリフォルニア建築大学」については、空間的特徴からモデリング対象として選定したため、研究代表者が過去にヒアリングした内容を組み込んでいる。
結論・考察
本研究で明らかとなったことは、以下の通りである。
①モデリング分析をしながら明らかとなったこととしては、ヨーロッパにおいて建築学科棟を新築する事例(ナント、ポルト)が見られた一方で、アメリカでは新しい教育方法に対応した空間を整備するべく、既存棟を改修しながら増築している事例(ミシガン、プラット)が見られたことが挙げられる。ヨーロッパにおける新築事例の中には、分野統合による新学部設立や、国の文化政策に伴う都心回帰の動きなどの背景とともに実現されていることが伺い知れた。一方、アメリカにおける既存棟への増築は、いずれもコラボレーションやデジタルファブリケーションといった新しいデザインワークに対応した空間設備の整備に関連するものであると同時に、レクチャホールやレビュールーム、さらにはメインエントランスの移設なども行いながら建築学科(学部)の新しい顔となるような空間を創出する狙いが込められていた。「南カリフォルニア建築大学」と「ストレルカ・インスティテュート」はいずれも「ソーシャル・シンクタンク」としての側面も持った、これからの時代へのベクトルを強く打ち出した建築スクールであるが、都市の中での立地や産業遺構の活用など、一般的な大学とは異なる戦略を有している。今回、モデリングした建築学科棟はいずれも、他にはない特徴的な空間を有しているが(ナント=屋外斜路と半屋外空間、ポルト=一つ一つユニークな開口部や動線空間、スクール直営のルーフトップバーとそこから中庭に至るオーディトリアム型大階段、全長400メートルの長い校舎とそれに沿ったレビュースペース)これらは設計した建築家の設計思想を反映した特徴的な空間要素でもある。
②視察・インタビューでは、各建築学科・学部の学部長やプログラム担当スタッフなどの話を直接聞く機会が得られたとともに、実際の教育カリキュラムの中での建築学科棟の活用風景を見学することができたという意味では貴重な資料が得られた。モデリング分析で把握できた特徴的な空間要素は、各建築スクールの学校運営や活動にとっても重要な場所として位置づけられていることが理解できた。近代建築以降の建築スクールを体系的に閲覧してみると、それらは設計した建築家にとっての代表作に近い作品としても位置づけ可能な特徴を備えていることがわかる一方で、時代とともに建築スクールの空間要素が変化してきていることも把握できた。特に、他学部・他学科や、それが立地する都市や社会との接点となるパブリックスペースを内包する建築スクールが登場していることが建築学科棟の一つの新しい方向性を示唆していると考えている。
英文要約
研究題目
Anatomical Documentation of Architecture School Architecture
A Worldwide Traveling Research of the School of Architecture Buildings designed by the Contemporary Global Architects
申請者(代表研究者)氏名・所属機関及び職名
Tohru Horiguchi, Dr. Eng.
Associate Professor
Faculty of Architecture
Kindai University
本文
This study aims to analyse the school of architecture buildings designed by the globally famous architects since the modernism. Two analytical survey were conducted: (1) to develop 3D digital models of the school of architecture buildings based on the drawings and the images collected both from the bibliographical survey and the internet, then mapping of the symbolic educational activities in each schools reflecting the unique feature of the building and also the educational program in each schools. This mapping were expressed in the format of axonometrics. (2) on site observation and the interviews were also conducted to the four institutions, Ecole National Superior d’Architecture Nantes, Faculty of Architecture at the University of Porto, the Strelka Institute, Aalto University, from which different possible direction of architecture schools in relationship to the public realm are extracted.