研究報告要約
国際交流
6-202
川北 裕子
目的
パナソニック汐留美術館(以下、「当館」)では、令和6年6月29日(土)から9月15日(月・祝)までの67日間、本助成対象の企画展「織田コレクション 北欧モダンデザインの名匠 ポール・ケアホルム展 時代を超えたミニマリズム」(以下「本展覧会」)を開催した。
本展覧会で取り上げたテーマは、20世紀デンマークの家具デザイナー、ポール・ケアホルム(Poul Kjærholm, 1929~1980)の生涯と、家具および空間設計に関するデザインの特質についてである。
本展覧会の目的は、ケアホルムと周辺の影響関係を紹介することで、ケアホルムのデザイン哲学を一般に親しみやすい形で伝えることにあった。また、近年多様化が進む北欧デザインをめぐる展覧会のヴァリエーションの展開でもあった。ミニマルな造形を目指すことで豊かなデザインを体現したケアホルムの仕事は、日本の生活様式や建築の美学とも響き合い、現在もなお、日本国内にも根強い愛好家がいるとされてきた。しかし今までにまとまってケアホルムが紹介される機会は殆どなく、本展覧会の意義は日本の美術館ではケアホルムを主題とした初めての展覧会となった点にある。また日本国内のみならず、2006年に大規模な回顧展を開いたルイジアナ近代美術館等を除き、デンマーク国外の美術館では初めての「ポール・ケアホルム展」となった。
もう一つ、本展覧会の目的は、国内外を拠点とする人々と協働した国際的なプロジェクトとして進めることで、より充実したデザイン分野の展覧会を実現させることにあった。学術協力には、デンマークをはじめとする北欧モダンデザインに精通し、北海道東川町を拠点に「織田コレクション」の公開と発信に尽力する椅子研究家・東海大学名誉教授の織田憲嗣氏に入っていただいた。本展覧会の会場構成(セノグラフィー)はパリを拠点に活動する建築家の田根剛氏(Atelier Tsuyoshi Tane Architects/以下、ATTA)に依頼した。また、ケアホルムの図面等を多数保管するデンマーク・デザインミュージアム館長のアンヌ・ルイーズ・ソマー氏(Anne-Louise Sommer)による寄稿、ルイジアナ近代美術館で「ポール・ケアホルム:家具の建築家」展を企画したアメリカの研究者マイケル・シェリダン氏(Michael Sheridan)へのヒアリング、コペンハーゲン郊外在住でケアホルムの長男であるトーマス・ケアホルム氏訪問、デンマーク建築のスペシャリスト、マリー・ルイーズ・ホストボ氏(Marie-Louise Høstbo)をゲストとしたイブニングトークの開催など、複数の地を結ぶことで実現したプロジェクトとなった。
内容
本展覧会は、国内屈指の椅子研究家・収集家として活動する東海大学名誉教授の織田憲嗣氏の収集した、北海道東川町が有する「織田コレクション」を中心に、ケアホルムと周辺の影響関係を紹介する、日本の美術館では初めての展覧会となった。ケアホルムの代表的作品であるチェアやテーブルを中心に、今日あまり知られていない試作的な作品も含めて家具約40点とともに、図面や関連資料などをあわせて展覧した。
展示は、「ORIGINS 木工と工業デザインの出会い」、「DESIGNS 家具の建築家」、「EXPERIENCES 愛され続ける名作」の3章で構成した。最初の「ORIGINS」の章では、ポール・ケアホルムの人となりとデザイン哲学を凝縮し、序章かつ核論のような役割を置いた。熱心な愛好家が多い一方、一般的な知名度はそれほど高くないポール・ケアホルムという家具デザイナーに、この展覧会で初めて接する観客も少なくはないだろうという想定による。またケアホルムの場合、コペンハーゲンの美術工芸学校の卒業制作をベースにした《エレメントチェア(PK 25)》と《PK 0》という椅子が、家具デザイナーとしての原点にして代表作であるという事実もあり、最初にダイジェストのような展示を構成しやすい対象ではあった。加えて、ケアホルムの代表的作品である《PK 24》や、大変貴重な《アルミニウムチェア》のプロトタイプなどを併せて展示した。
続く「DESIGNS」の章はケアホルムの代表的なデザインを時系列で展示した。具体的には、《PK 22》、《PK 9》などのチェア、《PK 55》、《PK 40》などのテーブルを紹介した。さらに、いくつかの作品は図面の複製を準備し、オリジナルの家具と近くに展示することで、両者を見比べられるような趣向となっていた。
最後の「EXPERIENCES」の章は、実際にケアホルムデザインの家具が置かれている公共空間の紹介や、より私的な室内空間との関わりを感じさせる、《PK 9》と《PK 54》を組み合わせた実際に織田憲嗣氏の住宅に近い形での再現などを行った。不特定多数の人が利用する公共空間は建築としてもスケールが大きいことが多く、ここではそうした場に耐えるケアホルムの家具の構造の強さや、実際の自然界のように木や石やスチールなど種々の素材を取り合わせた調和を実現したケアホルムデザインの魅力を伝えた。ケアホルムは工業用素材を積極的に用いた厳格なデザインを追求したが、木工職人としてキャリアをスタートした背景から手工芸的なものづくりが基礎にあり、そうしたことが、ケアホルムデザインが木製の多いデンマーク家具や異素材のある環境にもなじみやすい要因になっていたと考えられている。
方法
本展覧会では、オリジナルの家具と複製図面の展示、ケアホルムの言葉によるデザイン観の提示を基本とした。前述の「DESIGNS」の章は本展覧会のハイライトでもあり、また展覧会の手法を最もシンボリックに凝縮した空間となった。
従来、家具の展示は具体的な生活空間を彷彿とさせる再現展示か、比較的無機質で明快な空間で紹介されることが多かったと思われる。しかし本展覧会では黒を基調とした静謐な空間の中で一つ一つの家具にスポットライトを当て、展示物をまるで舞台上の演者(あるいはランウェイを闊歩するモデル)のようにみせた。最小限の要素で最大限の豊かさを体現するミニマリズムの思想を、ケアホルムは部品の数を減らした構造設計により実現していた。その姿勢へのオマージュともいうべき仕方で、会場も構造計算を踏まえた上で、極力少ない数の脚と接地面の、薄手の展示台で構成した。重力と浮力が拮抗するさまを伝えたほか、各々の椅子のシルエットをみせる効果もあった。また、織田氏の話す言葉を短いフレーズごとに分解し「音」として流す仕掛けや、関連する複製図面とともにスペースプレイヤー(スポットライト型のプロジェクター)を利用して、代表的な作品のディテールをみせる写真を投影するなどギミックを工夫し、会場全体を劇場のように、家具をインスタレーションとしてみせる空間となった。音声はいわゆる解説として流したものとは異なり、各々の作品から奏でられているような趣向を凝らしたが、映像も音声も全てが消える無音の時間帯も作ることで、作品本体を静かに鑑賞できる状況を保つことにも配慮した。
本助成申請時には、本展覧会に関連し、本展監修で北海道在住の織田憲嗣氏と、デンマークのデザインミュージアムからアンヌ・ルイーズ・ソマー館長を招聘した講演会を計画していた。織田氏には、今日までの織田コレクションの形成、その中でも特に今なぜポール・ケアホルムに注目するのかといった点や、デザインによる地域振興を目指して、北海道東川町文化芸術コーディネーターとしてどのように活動しているかなどをお話しいただくことを想定していた。またソマー氏には、デンマーク家具デザイン史におけるケアホルムの位置づけについて本国の専門家の立場からお話ししていただくことを念頭に置いていた。両者の講演を通じて、ケアホルムのデザインへの理解を深めるとともに、本展覧会の副題にも掲げた「時代を超えたミニマリズム」とは何かを考える機会を提供しようとしたものである。しかしながら、ソマー氏の来日予定が変更になったこともあり、プログラムを変更することとした。結果として、6月29日(土)に織田氏とパリからの田根氏との開幕記念 特別対談 「ポール・ケアホルム―デザインと建築をめぐって」、また夏場の猛暑の時間帯を避けてイブニングトークと題し、8月25日(日)にホストボ氏によるトークイベント「ポール・ケアホルムとデンマークの建築・デザイン」を実施することとした。
結論・考察
51歳で亡くなったポール・ケアホルムの、決して多量ではないが後世に残ったデザイナーとしての仕事は、大きく四つに分けることができる。まず、学生時代に始まる初期作品のプロトタイプで、《エレメントチェア(PK 25)》、《PK 0》、《アルミニウムチェア》などに結実する。次に、実際に製品化されたプロダクトで、主にコル・クリステンセン社が手がけ、商業的にも成功した《PK 22》、《PK 9》、《PK 24》、《PK 54》などである。三つめは、ミラノ・トリエンナーレのような国際コンペティションなどの展示デザイン(セノグラフィー)の仕事、そして四つめは市庁舎、レストラン、教会といった公共空間の家具設計である。北海道東川町の織田コレクションの特筆すべき点は、実際の場所からの持ち運びや当時の再現が難しい展示デザインと公共空間用の家具を除き、今日入手可能な重要な代表的作品をほとんど網羅している点にある。必ずしも傑作ではないものも含めて、研究資料として貴重なものは可能な限り積極的に収集し、後世に伝えようとする思想の表れである。本展覧会は、ケアホルムのデザイン哲学とともに、織田コレクションの社会的価値を伝える意義もあったといえよう。
ケアホルムのデザインの特質について、以下の三点が指摘できる。
第一に、ケアホルムの意匠における厳格さである。象徴的な事柄として、デンマークのデザイン雑誌『Mobilia』は、当時の編集長の言葉により、設計と製品化に際してのミリ単位の違いも妥協しなかったとされるケアホルムの、デザインを精巧に追求する姿勢を「完璧主義者」という形容した。
第二に、木工と工業デザインの融合である。多様な素材を組み合わせたデザインであり、デンマークの伝統的な手工芸と当時の国際的な動向の掛け合わせでもあった。一般的に、デンマークを含む北欧デザインの家具といえば、木工を基調とした温かみのあるデザインが想起される。しかしケアホルムは、木工家具職人としての姿勢をベースとしつつ、素材としては石や金属、籐などの異素材を取り合わせている。19歳でマイスターとなった背景もあり、ケアホルムは木材の持つ温かみや柔らかさを深く理解しながら異素材のデザインに生かすことができたデザイナーであった。と同時に、ミース・ファン・デル・ローエらの外国の家具も研究し、先達の優れた仕事の「リデザイン」を実践した。
第三に、木工と工業デザインの融合の結果としての、ミニマリズムの実践である。最小限の要素で最大限の豊かさを発揮しようとするミニマリズムとはある種の美意識ではあるが、同時に量産体制に耐えられるものとして原材料を最小限としてコストを下げるという経済的な側面からのアプローチでもあった。二つの部位で成立させる三次元曲面の《PK 0》はまさしくその実践であったが、一方で技術的困難を強いるものでもあり、ケアホルムが理想とした量産には至らず、また原材料へのこだわりは、かえって一点ものの名作としての性格を強めることとなった。
英文要約
研究題目
Poul Kjærholm: Timeless Minimalism
Furniture by a Master of Modern Danish Design from the Oda Collection
申請者(代表研究者)氏名・所属機関及び職名
Yuko KAWAKITA
Curator, Panasonic Shiodome Museum of Art
本文
Chairs are among the most ubiquitous objects in our lives. Their forms seek a rational functionality in design, yet embody an almost sculptural and autonomous elegance. Chairs crafted in the last century by prominent architects and designers are timeless masterpieces that have continued to captivate enthusiasts and collectors alike in recent years.
This exhibition featured one of the greatest furniture designers of 20th-century Denmark, Poul Kjærholm (1929–1980). Mid-century Scandinavian furniture is often characterized by warm wood tones. The works of Kjærholm in comparison stand out due to his preference for combining hard materials such as stone and metal, a choice that was unusual in his time. However, the rigid profiles never give off a cold impression; instead, they evoke a subtle tension in the space. Kjærholm’s timeless clean lines and minimalist beauty resonate with Japanese architecture, garnering continued support among Japanese enthusiasts.
The exhibition showcased a collection primarily curated from the extensive research and chair collection of Professor Noritsugu Oda (Honorary Professor at Tokai University). It was the first of its kind in Japan to exhibit Kjærholm’s most influential works. With the cooperation of Higashikawa Town in Hokkaido, home to the Oda Collection, it introduced approximately 40 pieces of furniture and related documents. Kjærholm’s design philosophy and refined aesthetics of the furniture were presented meticulously in an exhibition space designed by spirited architect, Tsuyoshi Tane (ATTA).