研究報告要約
在外研修
6-301
高本 夏実
目的
本研修は、「人が住むための空間」と「そこに置かれるもの」とのあいだに、過剰な量の情報が詰め込まれ、もの本来の形の所在が曖昧になってきている──そんな漠然とした危機感から出発した。
私たちが各国の“文化的な”社会システムや慣習、そしてそれに沿って長い時間をかけて自然に形づくられてきた造形物を目の当たりにしたとき、言葉を介さずとも、その背後にある動かしがたい秩序や強固な基盤を、本能的に感じ取ることができる。たとえば日本においては、こうした調和が非常に長い年月をかけて暮らしの中に溶け込み、もはや美の対象というよりは、生きるうえで欠かせない「同伴者」のような存在として、当たり前のものとしてそばに置かれてきた。
これは、現代で言う「開かれたデザイン」とは対極にある考え方であり、悪く言えば、自由からは程遠い、画一的で退屈、単調なものと映るかもしれない。しかし、それは当時においては必然であり、非常に強固に構築された建築という「箱」の中では、表現の自由や開かれた形態は、ごくわずかな可能性しか許されていなかったはずである。そしてそれは、社会全体の姿とも深く結びついていた。目に見えない宗教観や道徳観、社会生活における役割の分担といったものが、家具や道具のかたちに自然と反映されてくるのは、ごく自然なことだったのだ。
しかし明治以降、長い年月をかけてゆっくりと醸成されてきたこうした「住処のかたち」は、異文化の流入によって突如として揺れ動き始める。人間の感性の進歩とは別の速度と強さで、暮らしの在り方そのものが急激に刷新されていった。
このように常に変容し続ける時代のなかで、私たちはいったいどちらを向いて歩いていけばよいのだろうか。
この研修では、こうした不調和に対するいくつかの解決の糸口や、ある種の普遍的な手法や秩序の存在を、制作という実践を通して探り、提示していくことを目的としている。
内容
本研修では、過剰に情報化された住環境の中で、もの本来のかたちや意味が曖昧になっているという感覚を出発点とし、その再解釈と再構築を試みる一連のプロジェクトに取り組んだ。 その中心には、「人と環境」「自然と人工」「秩序と偶然」といった対立的な要素のあいだに潜む関係性への問いがあり、私は制作という行為を通じて、それらが交差する場を探った。
1stセメスターでは、使い手の創造性を引き出すモジュラー式の照明器具を設計・制作した。これは、誰もが空間を描写できる存在であるという前提のもと、ものが使い手の意識に柔らかく溶け込む可能性を探る実験であり、かたちが自己主張するのではなく、使うことではじめて現れるような、環境との応答性の高いプロダクトを目指した。
続くプロジェクトでは、自然環境──とりわけ制御できない太陽光──をテーマに据え、屋外に設置するサウンド・インスタレーションを制作した。音の発生が偶然の軌道上にのみ成立するこの装置は、太陽光というエネルギーの不安定性を受け入れつつ、自然と人との関係を聴覚と視覚の両面で再構成するものである。
ここでは、人間が環境に働きかけるのではなく、環境からの働きかけをどのように受け取るかという姿勢が、デザインの根本に問われている。
また、日本の家具メーカー・カリモクとの共同プロジェクトでは、2025年の大阪万博スイスパビリオンで使用される椅子のデザインに取り組んだ。対話を生むS字状の構成や、空間に溶け込むような有機的フォルムを通じて、「人と人」「人と空間」のあいだにある目に見えないつながりを、かたちとして可視化することを試みた。
さらに、ペーパーコードと漆のみで構成されたスツールの制作では、身体的かつ時間的なプロセスのなかで、素材と構造の関係性を根本から捉え直した。古典的な工芸技法と現代の文脈を交差させることで、構造と装飾、強度と脆さのあわいに潜む新しい美意識を引き出すことを目指した。
後半の研究では、「巣(NESTS)」というテーマを通して、生と住処の関係性を問い直した。動物たちが環境と対話するようにして生み出す巣の構造や行動を観察・編集し、そこに現れる無意識的な秩序を読み解くことで、言語を超えた造形の根源的な力を見出そうとした。本研究は、制作と理論が往復するプロセスのなかで、私自身のデザイン言語の核を形づくる基盤となっている。
方法
Project.1(2024)
Tom.s Alonsoの指導のもと、使い手の創造性を刺激する柔軟性の高い照明のデザイン・制作に取り組んだ。大量生産を念頭に置き、製造プロセスや流通までを見据えたリサーチを行った。大学の工房では、フライス盤などの機械を活用してアルミニウムを切削し、メインの支柱を製作。照明ユニットは3Dプリントで複数の試作を重ね、最終的に3種類のユニットから構成される照明器具を完成させた。
Project.2(2024)
Philippe Malouinの指導のもと、「太陽エネルギーを用いた近未来のデザイン」をテーマに、ソーラーエネルギーで動作するチャイムを制作し、ローザンヌのLa Becqueにてサウンドインスタレーションを実施した。本作もほぼすべてアルミニウムで構成し、旋盤とフライス盤による加工、配線作業を経て組み上げた。
Project.3(2024)
Augustin Scott de Martinvilleの指導のもと、カリモクおよびECALとのコラボレーションプロジェクトとして、「2025年の大阪万博・スイスパビリオンに設置される椅子のデザイン」に、YeonsuNaと共同で取り組んだ。原寸モックアップを多数制作・改良し、有機的な形状のパーツはCNC切削機で、その他のパーツは手作業で製作した。スイスでは精密な木工用道具の入手が困難であったが、日本から持参した刃物などを活用し、最終的に2種類の椅子を完成させた。
Project.4(2025)
Christophe Guberanの指導のもと、「物語性のあるスツールづくり」という詩的なテーマに取り組み、蜘蛛が糸を巻く様子をモチーフとしたスツールを制作した。初期リサーチでは、蜘蛛以外の動物の行動もミミックしながらスツールの可能性を探るという、シンプルでありながら普遍性のあるアプローチをとった。その上でデザインの方向性を絞り込み、最終的にはペーパーコードと漆という自然素材を用い、一般的には強度の問題から使用されない構造に挑戦した。漆塗りにはスツールが入る大型の室(むろ)を自作し、約30回にわたって塗り重ねて完成させた。強度をさらに高めるには、さらに数十層の塗り重ねが必要と感じた。
Project.5(2025)
Anniina Koivu、Brynjar Sigur.arson、Paula Mühlenaの指導のもとで論文を執筆した。バーナード・ルドフスキー著『建築家なしの建築』に登場するバナキュラー建築と現代の住空間との関係性からリサーチを広げ、最終的には「NESTS(巣)」をテーマに、動物の巣とバイオミミクリーに関する論文および書籍を制作した。100種類以上の動物の巣とその生態に関する調査を行い、構造理解のためにイラスト化を行った上で、それぞれの構造、用途、素材などを視覚的にわかりやすくレイアウトし、1冊の本としてまとめた。
結論・考察
本研修を通して、私は「つくる」という行為の本質に立ち返ることができた。それは単なる表現手段や問題解決の手法としてのデザインではなく、むしろ生き延びるために無数の生命が選び取ってきた「かたち」としてのデザインである。
研修後半の論文で取り扱った動物がつくる「巣」の構造やふるまいに触れるたび、私は、言葉以前の感覚や、生存と環境との応答関係のなかにある秩序と意志を見出していった。それは同時に、人間の創造行為のなかに眠る無意識や本能の領域を照らすものでもあった。
各プロジェクトや論文制作を通じて私が取り組んだのは、自然と人工、秩序と偶然、可視と不可視といった、対立しうる要素を衝突させながら、その境界のあわいに存在する「問い」を立ち上げることだった。そこでは、答えを導くこと以上に、問いそのものの強度や、そこから派生する感覚の揺らぎが重要な意味を持つ。ときに断片的で、ときに身体的でありながら、そうした行為は「他者」との関係性を織り込んだ、自分なりのデザイン言語を形成する手がかりになった。
技術や手法の習得以上に、この研修で私が得た最大の学びは、「世界に対してどのように応答するか」という姿勢そのものである。自分の内側と、他者の存在、そして自然との関係性のなかに立ち上がるかたち──それこそが、今後の制作の核となっていくと感じている。表層的な新しさや正解を追うのではなく、違和感や矛盾とともにある時間を肯定しながら、これからも問いをかたちに変える営みを、粘り強く続けていきたい。
英文要約
研究題目
This project explores how to “melt” standardized design methods that have become taken for granted, using furniture as a non-verbal communication tool that deeply resonates with the user’s consciousness.
Much of the furniture used in Japan today originates from Western countries introduced after the Meiji Restoration. These forms, rooted in different cultural contexts, often clash with both traditional Japanese homes and modern architecture. This raises the question of how design can flexibly adapt to its environment like a living organism—especially in our SNS-driven age.
By combining the craftsmanship and material knowledge I gained in Japan with hands-on learning in Switzerland—a hub of contemporary European culture—I aim to solidify my design identity and pioneer new creative directions.
申請者(代表研究者)氏名・所属機関及び職名
Natsumi Komoto
Master in Product Design, .CAL / .cole cantonale d’art de Lausanne
本文
This training began with a vague sense of crisis: that in the space humans inhabit and in theobjects placed within it, an excess of information has been embedded, obscuring the essence of form itself.
When we encounter culturally shaped systems and customs of various countries—and the artifacts naturally formed through long periods of time—we can instinctively grasp, even without words, the underlying order and solid foundation that support them. In Japan, for instance, such harmony has slowly and deeply permeated everyday life, to the point where objects are no longer perceived merely as aesthetic targets, but as silent “companions” essential to life, taken for granted in daily existence.
This idea stands in stark contrast to what is now called “open design.” It may seem, from a modern perspective, rigid, monotonous, and far removed from freedom. But within the strictly defined “boxes” of architecture at the time, this was inevitable. Freedom of form was allowed only within narrow bounds, and this limitation was closely tied to the larger structure of society. Invisible forces such as religion, morality, and social roles naturally found their way into the forms of furniture and tools.
After the Meiji era, however, these “shapes of dwelling,” which had been carefully cultivated over centuries, were suddenly shaken by an influx of foreign cultures. Regardless of human sensitivity, the very structure of daily life was rapidly reconfigured at an overwhelming pace.
In such a constantly shifting world, the question arises: which direction should we walk toward?
Through this training, I sought to explore and present potential solutions to this discord—universal design strategies or enduring systems—through hands-on making and critical reflection.