研究報告要約
在外研修
6-304
椿山 鼓ノ子
目的
空間に変化をもたらすことで心の居場所を繰り出すパワーが建築にはあります。五感と建築の会話の研 究は目に見えないものなのできわめて難解ではありますが、その影響力は計り知れません。建築は一度 建てるとその地域を支配することとなります。それが「ある」ことで人間の本質もより良い形に変化し ていければいい。人間の成長のスピードと同じスピードで建築も成長します。ゆっくりですが本質を創 る時間とも言えます。
大学院に来て早2年。1年生時は、基礎的な建築デザインの知識を身につけるとともに、デザイン課題 を通じて「風」や「発酵」といった現象をテーマとして空間デザインの可能性を追求しました。2年生 になると、リノベーションや都市計画の課題など、スケールが徐々に大きくなっていきます。また、選 択授業での学びも大きいです。ライティングデザインの授業は、建築学部ではなく演劇学部の生徒が対 象となっており、舞台や演者と観客の相互関係の観点から考えるデザイン思考からは新たな視点を学び ました。
イェール大学は、ニューヨークとボストンの間にあるニューヘイブンというコネチカット州の小さな街 にあります。良くも悪くも、ちょうど真ん中。この街には特に何もありませんが、ニューヨークとボス トン、どちらの都市にも2時間電車に揺られればつくこの立地にはなかなか満足しています。というの も、それほど忙しくない週末があれば都市に繰り出てギャラリーや美術館やシアターをひたすら回る。 在外研修中のプチ在外研修といったところでしょうか。
さっきはニューヘイブンには特に何もないと大嘘をついてしまいました。もちろん、歴史ある大学なの で何もないわけがありません。私が通う建築学科の建物 Rudolph Hall は建築の教本には必ず載ってい るほど名の知れたブルタリズム建築です。一見ゴツい印象があるものの、中に入ればなんとも素敵な空 間が広がります。そのおかげで好みは一極端ですが、私は大好き。作品づくりに行き止まると、いつも ふらっと歩き回りながら中を見渡したりします。そのうちに「そうだ、ここみたいな空間をデザインに 取り入れよう」なんて、アイデアがポッと浮かんだりするのです。
夏休み中の思い出といえば、インターン先で上司の方と交わした議論。口論?管理する側とデザインす る側・暮らす側の価値観の差を目の当たりにした、あれは熱かった。大学の設備・施設を管理する部署 でインターンをしているある日、Rudolph Hall についてのお話しになりました。私がかなり気に入って いるあの建築学科の建物です。職場のある一人が「あれはひどい建物だ」と主張するので、「では、あ なたはどのような建築が一番美しいと思いますか」と問いかける私に、彼はこう答えました。「エネル ギー効率が最上級に良い建築物が一番美しい。」
「確かにエネルギー効率は大事だけれど、だからと言って建物自体の魅力が全くないとは言えないので はないでしょうか!私は Rudolph Hall の空間デザインが大好きです!たまに凍えそうなほど寒くなる けれど、それでヒーヒー言いながらみんなでおしくらまんじゅうしてみたりするのも醍醐味なんで す!!」 なんて言っちゃったりして。
アメリカではこのような言い合いやら議論やらを上下関係をも取っ払ってできちゃうのが良いところで す。
内容
• FERMENT – Fermenting Space and Relationships (2024春学期) マテリアルスタディの材料として、パンを選びました。 1ヶ月間、パン屋さんを目指して毎日パンを焼きました。 発酵の時間と温度によって膨張・合体するクラムの生成過程に注目し、研究を重ねました。 大学のサイエンスラボに接するここは、ネズミを使った小規模ラボであると同時に、住み込みで働く研究員が余暇で力を注 ぐベーカリーでもあります。 現職を退いたラボネズミは、建物の上部にかけて各々のクラムをつくり、ときには研究員の生活範囲にも忍び込んでいきま す。 複雑な関係性をもつ人間とネズミがあえて隣り合わせに住まうことにより、互いに歩み寄ることで空間と関係性の発酵を試 みました。
• HARMONIZE – Jim Block Building Project 2024 (2024春学期(設計・コンペ)・夏学期(建設作業)) フェアヘイブン・ハイツ(コネチカット州)のフレンズ・センター・フォー・チルドレンにおける教師向け住宅。私たちの 提案は、クエーカーの理念および「SPICES(簡素さ・平和・誠実さ・共同体・平等・持続可能性)」の頭文字に導かれ、特 に「簡素さ」「平和」「共同体」に重点を置いています。この住宅は、人と人、人と自然が調和して暮らせる「家」である ことを目指しました。壁を最小限に抑え、廊下を設けないことで、開放的なリビング空間を生み出し、居住者それぞれが周 囲の風景と個人的で深いつながりを持てるよう設計しています。
• HAPPEN – Hi, Thank You, See You Again (2024秋学期) 私はここに、ミーティングホールでのお祈りに参加するために来ました。下の階に行きたかったのですが、今は2階——た ぶん——どこか上の階にいます。目の前にはアートの展示があったので、誰かに道を尋ねてみようと思います。 ……あ、道を聞けそうな人たちを見つけました。でもその人たちも、この建物のどこかで行われているスープキッチンを探 して迷っていたようです。でも、下に降りる方法は知っていたみたい! ……この建物、ほんとうに最悪——すぐに迷ってしまいます。 ……あの匂いは、コミュニティキッチンからのもの? あ、やっと見つけました!でもさっき会った人たちは別の方向に 行ってしまったみたい……。お祈りのあとにまたここに立ち寄れたらいいな。もしかしたら、あの人たちにもまた会えるか もしれない。 ……たぶん。そうなったらいいな、と思っています。 この複合施設を訪れる人々は、みなそれぞれ異なる個人的な目的を持ってやってきますが、ここを去るときには、ある共通 の目的を携えています。その「個から集団への移行」は、分かれ、曲がり、また交わる、そうした歩みの繰り返しの中で起 こります。 建物内に繰り返される道の交差点を通り、人々の感覚が自然と導かれていきます。 匂いは人々をコミュニティダイニングへ、 音は学びの空間へ、 光は精神的な空間へと導きます。 この建築は、迷いながらも出会い、気づき、共有へと向かうプロセスそのものを内包しているのです。
• LOOP – studio studio — live work — art walk (2025春学期) ニュー・ロンドンの発展しつつあるアートシーンを活用し、経済と都市の再生を目指すものです。計画の出発点は、十分に 活用されていないウォーターストリート駐車場の再構築にあります。北側は駐車スペースとして残し、南側は4階建ての アート施設へと改修されます。この施設にはギャラリー、教室、講堂、そしてアーティストや家族のための2階分の住居が 含まれます。共有スタジオ、共同ダイニング、そして一般公開もされる屋上彫刻庭園によって、創作者と地域社会との日常 的な交流が促されます。 この拠点を中心に、徒歩で巡れる「アートウォーク」が計画されています。まず小さな「ループ」が駐車場のギャラリーか ら始まり、再設計されたフェリーターミナルのマーケット、建設予定の沿岸警備隊博物館の高架通路、そして線路を跨ぐ歩 道橋へとつながります。車・電車・フェリーなど、どの交通手段で訪れてもこのアート拠点が出迎える構造です。さらにこ の小ループは、ニュー・ロンドン市内に既にある24の壁画ウォーク、21の彫刻作品、劇場や博物館などを結ぶ大きなルー トへと接続され、空き地や路地、海辺のデッキ空間を活かしたアート展示や集いの場へと変えていきます。 余剰な駐車スペースを統合し歩行者中心の街並みを実現するこの戦略により、ニュー・ロンドンを通過するだけの都市から 滞在して楽しめるアートの目的地へと再構築することを目指しています。またこの提案は、コネチカット州ニューイングラ ンド、さらには全米に広がる未活用の大型駐車構造物を、地域に根ざした文化の拠点へと変える再生モデルとなる可能性を 示しています。
方法



結論・考察
物理的な快適性を超えて人の五感・第六感を呼び覚ます空間が、人間の心理的幸福を長期的に底上げし得るという確信が沸きつつあります。パン生地の発酵過程を追体験したFERMENTや、迷うこと自体を設計に昇華した HAPPEN、多面的なアート体験を編み込んだLOOPなど、いずれのプロジェクトでも可視化が難しい「関係の発酵」や「偶発的な出会い」をデザイン要素として扱うことで、人と人・人と場所の間に新しい共感や連帯が生まれることを望んでいました。これらは心理学・社会学的アプローチだけでなく、インスタレーションや都市スケールのアートを介した身体的体験があって初めて評価できるものです。建築は「ハード」ではなく「感覚のプラットフォーム」として振る舞えることを、作品が教えてくれているような気がします。
人々が空間内で意図的に「迷う」余白を設けることで、個人的目的が集団的目的へと転化する現象が観測されました。動線をあえて屈曲・分岐させる、視界を限定して匂いや音を手がかりに進ませる、といった手法は、利用者に内省と発見のリズムを与え、結果として場所への帰属意識を高めることにつながります。「急がば回れ」という日本のことわざに通じるように、長いルートが最終的に豊かな関係資本を醸成することを作品が証明してくれました。今後の建築・都市計画では、経路計画を単なる「輸送」の目的から「心理的成長」の装置へと再定義する視点をもち、引き続き存分に楽しみながら建築に向き合って参ります。(あと一年!!)

英文要約
研究題目
In our daily lives, which are constantly influenced by what is visible, the value of what cannot be seen is increasingly being questioned. This project seeks to explore how individual emotions and psychological well-being function and exert influence within specific places, buildings, and environments—not only through psychology and sociology, but also through installations and art. Rather than focusing solely on physical comfort, it aims to give form to the potential of the human senses, including the “five senses” and a possible “sixth sense,” and to weave new approaches to architectural design and urban planning that foster livable and compassionate spaces.
申請者(代表研究者)氏名・所属機関及び職名
Konoko Tsubakiyama
Yale School of Architecture – Master of Architecture I
本文
Architecture has the power to change a space in ways that create a sense of emotional comfort and belonging. Studying how our five senses interact with architecture is difficult because it deals with things we canʼt see, but its impact is truly significant. Once a building is constructed, it becomes a lasting part of its surroundings. If its presence can help people grow or feel more grounded, then itʼs doing something meaningful. Like people, architecture grows over time—slowly, but in a way that allows something essential to take shape.
I am increasingly convinced that spaces which awaken the five senses—and even a “sixth sense”—beyond mere physical comfort, have the potential to elevate human psychological well-being over the long term. In projects such as FERMENT, which allows participants to viscerally experience the fermentation process of bread dough; HAPPEN, which transforms the very act of getting lost into a design principle; and LOOP, which weaves together multifaceted art experiences, I have consistently sought to treat difficult-to-visualize phenomena—such as the “fermentation of relationships” or “chance encounters”—as integral design elements. My hope has been to cultivate new forms of empathy and solidarity between people, and between people and place. These effects can only be meaningfully evaluated not just through psychological or sociological analysis, but also through bodily experience enabled by installation and urban-scale art. These works have shown me that architecture can behave not merely as a physical structure, but as a platform for sensory experience.
In these spaces, I observed a fascinating phenomenon: when room is intentionally left for people to “lose their way,” individual purposes began to shift into shared, collective ones. Techniques such as deliberately curving or splitting circulation paths, or restricting visibility to encourage movement guided by scent or sound, introduced a rhythm of introspection and discovery for users. Ultimately, this led to a deeper sense of belonging to the place. Much like the Japanese proverb “isogaba maware,” these extended routes proved capable of fostering richer social capital over time. Going forward, I hope to continue exploring architecture with joy and curiosity, redefining path planning not simply as a means of transportation, but as a tool for psychological growth.