研究報告要約
調査研究
7-101
豊川 斎赫
目的
1964年に竣工した東京カテドラル聖マリア大聖堂(以下東京カテドラル)は、複数枚のHPシェルを組み合わせた大屋根を持つカトリック教会として知られる。設計を丹下健三・坪井善勝が、施工を大成建設が担当し、国内外で高い評価を受け、現在では国の重要文化財候補の一つと見なされている。しかしながら、近年の少子高齢化に伴うカトリック信者数の減少、コロナ禍以後の東京カテドラルでの結婚式数の減少が顕著となり、教会の経営基盤の脆弱化が予想される。 一方、文化庁は「建築文化振興法」の制定、および文化的価値を有する建築の維持・保全に対する支援方法(経営コンサルの紹介など)を検討している。応募者は文化庁担当者に掛け合った結果、文化庁では東京カテドラルを「建築文化継承計画」のパイロットモデルとみなし、同計画策定にあたって文化庁の協力を得る方向で調整が進んでいる。ただし、文化庁が掲げる「建築文化継承計画」はいまだ前例がなく、模索段階にとどまっている。 応募者は、海外の世界文化遺産の保全管理計画、国内の世界文化遺産登録を目指す建築の保全管理計画などを参照しつつ、①東京カテドラルの文化的価値の明文化と改修工事履歴のプロット、②今後の改修スケジュールと収支計画の立案を今後二年間で作成を目指している。
内容
応募者は2018-2019年にGetty Foundationの支援を受け、国立代々木競技場保全管理計画(Conservation Manegement Plan ,CMP)の作成に関与したが、代々木競技場CMPは2021年に国立代々木競技場が国の重要文化財に指定される際に重要な役割を果たした。そこで本研究では、代々木競技場CMPを参照しつつ、東京カテドララルの文化的価値の明文化と改修工事履歴のプロットを目指した。また、同じカトリック教会であり、すでに国宝・世界文化遺産に登録されている長崎のカトリック教会群について、関係者にヒヤリングを行った。報告書の章立ては以下の通り。
1 東京カテドラル聖マリア大聖堂の概要
1−1 建物の概要
1−2 周辺環境の概要
2 関口教会の来歴
2−1 第1期(明治期):関口教会の土地購入と建設過程
(1)オズーフ教区長による関口教会の土地購入
(2)レイ神父による関口教会の設計と監理
(3)明治期に来日したフランス人宣教師による教会デザインの背景
2−2 第2期(大正期):関東大震災と関口教会
2−3 第3期(昭和初期):第二次世界大戦と関口教会
2−4 第4期(戦後):米軍払い下げのカマボコ型聖堂とケルンからの援助
3 東京カテドラル聖マリア大聖堂の整備過程
3−1 東京カテドラルコンペ(1961-1962)
3−2 基本設計・実施設計
3−3 現場監理(1963-1964年):墨出し・型枠・モールディング
3−4 土井枢機卿が期待した東京カテドラルのイメージと竣工後の感想
3−5 東京カテドラル聖マリア大聖堂カトリックセンター・信者会館の建設(1969)
3−6 司教の家(19940103年日経アーキには記載)・幼稚園の建設(不明)
3−7 ペトロの家(2010)
4 東京カテドラル聖マリア大聖堂の改修プロセス
4−1 東京カテドラル聖マリア大聖堂外装改修工事(2007年)
4−2 鐘塔改修(2010年)
4−3 東京カテドラル聖マリア大聖堂控室改修(2013年)
4−4 ジョセフィーヌの鐘設置(2014年)
4−5 東京カテドラル聖マリア大聖堂音響システム導入(2015年)
4−6 東京カテドラル聖マリア大聖堂アスベスト除去工事(2014-2017)
5 東京カテドラルと同時代に建設されたシェル構造の教会との比較
5−1 路思義教堂(竣工:1963、設計者:I. M. Pei他)
5−2 Cathedral of St. Mary of the Assumption(竣工:1971、設計者:L. Nervi他)
5−3 東京カテドラル設計者から見たリブ付きシェルとネルヴィへの評価
方法
報告書を作成するにあたって、カトリック東京大司教区が所蔵している資料を調査した。報告書作成に際し、用いた参考資料を列挙する。また、長崎県庁、長崎大司教区を訪問し、関係者にヒヤリングを行った。
1 関係機関が所蔵している資料の調査
1−1 カトリック東京大司教区所蔵の竣工時の図面資料、写真資料、東京都への申請関連資料の確認・整理
・竣工時の図面資料:意匠図15枚、設備図10枚、構造図58枚から構成されていた。
・写真:模型写真30枚、施工現場写真1317枚、献堂式写真10枚から構成されていた。
・東京都知事への「お願い書」(高さ制限緩和):10ページから構成されていた。
1−2 施工会社(大成建設)が管理している増築施設関連図面の確認・整理
・2007 東京カテドラル聖マリア大聖堂外装改修工事【竣工図】(建築図) 14枚
・2010 (仮称)新ペトロ館新築工事【竣工図】(建築図) 84枚
・2013 東京カテドラル聖マリア大聖堂控室改修【竣工図】(建築図) 11枚
・2017 東京カテドラル聖マリア大聖堂石綿除去工事(パイプオルガン下部他)【竣工図】(電気空調)9枚
・2017 東京カテドラル聖マリア大聖堂石綿除去工事(地下聖堂、1F控室他)【竣工図】(電気空調)13枚
2 報告書作成に用いた参考文献
・白柳誠一『白柳大司教東京教区百年を語る』女子パウロ会, 1992
・吉岡剛「明治期カトリック・ミッション・スクール一端」『日本教育史論叢 本山幸彦教授記念退官記念論文集』思文閣出版, 1988
・東京大司教区創立100周年記念誌編集委員会『一粒の麦 東京大司教区創立100年』上智社会事業団出版部, 1991
・池田敏雄『誠実・温厚・祈りの人 – 日本最初の枢機卿 土井辰雄』中央出版社, 1973
・東京大空襲・戦災資料センター編「関口台教会」『決定版 東京空襲写真集』勉誠社, 2015, pp.382-383
・志村辰弥『教会秘話 太平洋戦争をめぐって』聖母の騎士社, 1991
・槇文彦・神谷宏治編著『丹下健三を語る』鹿島出版会, 2013
・名須川良平「坪井善勝の仕事5:東京カテドラル聖マリア大聖堂」『空間構造』199507, pp.45-46
・指名競技設計入選案:カソリック東京大司教区東京キャセドラル『新建築』 1962.07, p.70
・小山田進「東京カテドラル聖マリア大聖堂:シェルの施工」『建築文化』196506, p.116
・荘司孝衛「抽象と具体の脈絡空間 東京カテドラル聖マリア大聖堂カトリックセンター・信者会館」『新建築』1969.09
・杉江夏呼、中谷扶美子、松尾浩樹、野島僚子、高木賢一「東京カテドラル聖マリア大聖堂で20年間(2001年から2020年)に行われた改修工事」『日本建築学会大会学術講演梗概』202209, pp.449-450
・「教会代表者の感想」『平和記念広島カトリック聖堂設計競技設計図集』1949, p.7
・丹下健三, 坪井善勝「座談会 古い構造を「流行」に仕立てる」『国際建築』195407, pp.21-23
・丹下健三, 坪井善勝「座談会 ネルヴィをどう評価するか」『建築』1962.08, p.40
3 長崎カトリック教会の維持管理に関する関係者ヒヤリング
・長崎県教育庁学芸文化課文化財班係長 山崎努氏
・長崎県文化国際部文化振興・世界遺産課課長補佐 伊藤晴子氏
・宗教法人カトリック長崎大司教区法人事務所長 嘉松宏樹氏
結論・考察
本研究を通じて、東京カテドラル聖マリア大聖堂の建築文化継承計画を策定するための基礎調査を行った。得られた成果としての以下四点挙げられる。
第一に、関係機関に所蔵された関連資料を大まかに把握しつつ、関係者間の信頼関係の醸成を図ることができた。
第二に、明治・大正期に東京・関口台においてカトリック教会がどのように建設されたのか。また戦後廃墟となった関口台において東京カテドラル聖マリア大聖堂のコンペが行われたのか、その経緯を明らかにできた。
第三に、1964年に東京カテドラル聖マリア大聖堂が竣工したが、その後の増改築工事の経緯と現状について、図面ベースで確認することができた。
第四に、長崎のカトリック教会のうち多くが国宝や重要文化財に指定され、国からの補助金を活用して維持保全が図られてきた。複数の関係者からのヒヤリング結果として、
①改修費用の高騰により、改修の必要な複数の教会の工事が進まない、
②国宝や重要文化財の改修に際し、文化財建造物保存技術協会の調査・見積もりが必須となり、信者らの善意による改修が拒絶されている、
③これまで教会の敷地内でカフェ・物販などの経済活動を行い経営基盤の強化を図ったきたが、非常に困難な状況にある、
④長崎における信者数の減少により古い教会の維持が難しく、信者の規模に応じた小規模教会を自力で建設する代わりに、古い教会の県や市への寄贈を検討する段階に入っている、
などの問題点が共有された。これらの問題は、東京カテドラルの維持保全を考察する上での重要な論点をなり得る。
一方で、本研究の成果を東京カテドラル聖マリア大聖堂の保全管理につなげるには、所有者・施工会社との協力のもと、今後の改修工事のスケジュールと工事費概算の算出が必要になる。また、海外に立つ同種の教会建築(台中の路思義教堂、ロスのSt. Mary of the Assumptionなど)がどのように保全管理されているかについての調査も継続的に行う必要があろう。
英文要約
研究題目
Basic Survey for Formulating the Architectural Heritage Preservation Plan for Tokyo Cathedral St. Mary’s Cathedral
申請者(代表研究者)氏名・所属機関及び職名
Saikaku Toyokawa Associate Professor, Chiba University
本文
Completed in 1964, Tokyo Cathedral St. Mary’s Cathedral (hereafter Tokyo Cathedral) is known as a Catholic church featuring a large roof composed of multiple HP shells. The design of Tokyo Cathedral was handled by Kenzo Tange and Yoshikatsu Tsuboi, with construction undertaken by Taisei Corporation. It has received high acclaim both domestically and internationally and is currently considered a candidate for designation as an Important Cultural Property of Japan. However, the recent decline in the Catholic population due to Japan’s aging and declining birthrate, coupled with a significant decrease in the number of weddings held at Tokyo Cathedral, is expected to weaken its operational foundation. Meanwhile, the Agency for Cultural Affairs is considering the enactment of the “Architectural Culture Promotion Act” and exploring support methods (such as introducing management consultants) for the maintenance and preservation of buildings possessing cultural value. Following discussions with Agency officials, the applicant has secured the Agency’s cooperation in developing a pilot model for its “Architectural Heritage Preservation Plan” centered on Tokyo Cathedral. However, this plan remains in its exploratory phase, lacking precedents. Referencing overseas World Heritage conservation management plans and domestic conservation management plans for buildings aiming for World Heritage designation, the applicant aims to create the following within the next two years: ① A formal statement of Tokyo Cathedral’s cultural value and a plot of its renovation history, ② A future renovation schedule and a revenue and expenditure plan.